胸に残る一番星 | ナノ

  ウインナーコーヒーより甘く


 カミュはそわそわしている。今日の待ち合わせに指定されたこの場所…いわゆる喫茶店だが、生まれてこの方利用したことがなかったせいか、どうにも落ち着かない。設えられたアンティーク調のテーブルやソファー席、店内に流れるクラシック音楽、漂うコーヒーの香り。何よりメニュー表に書かれた品名がどれもどんなものかもよくわからず、注文することを早々に諦めてお冷ばかり飲んでいるので、先ほどから店員の視線が痛い。妙に頻繁にお代わりを持ってきてくれるのはそういう教育がされているのか、何も注文しないカミュを笑顔の裏でおめー何しにここに来たんだと責めているのかもしれない。
 早くあいつ来ねえかな、とぼんやりと外を眺めていると、はたして待ち人は現れた。

「カミュ…! 遅くなってごめんね」
「ようイレブン。別にそんな待っちゃいねえよ」

 息せき切って駆け付けてきたイレブンに思わず笑みが零れる。ふうふうと呼吸を整えようとしている彼にそっと自分のコップを差し出した。

「ほら、水」

 つい数分前に店員がなみなみと注いでくれたので、たっぷり入っている。イレブン用はじきに持ってこられるだろうが、特にためらいなくイレブンはそれを手に取った。

「あ、ありがとう。…はあ、おみずおいしい…ってあれ? カミュ、何も注文してないの?」
「…あー、まあ、な」

 メニュー内容が何が何だかわからなかったから頼めませんでした、なんてさすがに格好がつかないので言えない。今さらこいつ相手に格好つけたってしかたないけれど。何と誤魔化そうかカミュがまごついていると、店員がやってきた。

「いらっしゃいませ、お水をお持ちいたしました。何かご注文なさいますか?」
「あ、ありがとうございます。カミュ、今なんか注文する?」
「…いや、オレはまだ決めてねえから、先に注文してていいぜ」
「じゃあ僕もあとでいいや。すみません、決めてから注文します」
「かしこまりました」

 店員が去っていく。何にしようかな〜とメニュー表を広げるイレブンにならって自分も広げたが、何も頭に入ってこない。腹が減ってないにしても飲み物の一つぐらい頼まないと不自然だろうか。注文に迷っているフリをしながら、真向いの席に座るイレブンをちらりと見た。今日はテストが終わって早く帰れるから、ということでの逢瀬なので、制服姿である。別に珍しくはないが、上流の学園の制服だからか、この空間でも馴染んで見えた。いや、服というよりも、イレブン本人の気品がそうさせているのだろうか――。

「カミュ、なに頼む?」
「…あ、あー…そうだな、じゃあ、お前と同じやつで」
「えっいいの?」
「ああ」
「…わかった! 店員さん呼ぶね!」

 何故だかぱあっと輝かせたイレブンは、店員を呼んで何やら頼んでいた。注文し終えたあともにこにことしている。あどけないその顔はカミュが大層好んでいるもののひとつであるが、何がそんなに嬉しいのだろう。

「何だよ、そんな笑って」
「だって嬉しいから」

 この前はカミュの行きつけの店に連れてってもらったでしょ。僕、よくわからなかったし、カミュの好きなもの知りたかったから同じの頼んだけど、今度は僕の好きなものも知ってほしくて、今日はここにしたんだよ。

 だからカミュも同じだったら嬉しいな、とイレブンは言う。それはもう、まったくの見当違いではあるのだが、カミュは何も返せなかった。そういえばイレブンは、絶対来たことなどないであろう安めのチェーン店に来ても堂々としていた。まっすぐにカミュとおなじものを見ようとしていた。場違いだ、など思っていたのは自分だけだったのだ。カミュはいろんな意味で恥ずかしくなった。

 ああ、あれほど気取っていてよそよそしかったはずの店内が急に煌めいて見える。

「…かみゅー? どうしたの? 具合悪い?」
「…いや、逆」
「逆?」
「楽しみになってきた。お前の好きなもの、教えてくれよな」
「! うん!」

 きっとどこにいたって楽しいし、何を食べたってうまいんだろうけどな。お前とならば。



181116

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