胸に残る一番星 | ナノ

  勇気の賛歌


 本当は手紙を書きたかった。ことばになど到底出来ないこの気持ちを綴りたかった。出会い、別れ、再会し、すべてを忘れた情けない姿も罪にまみれた過去も何もかもを晒したうえでオレたちを救ってくれたあいつに、感謝の気持ちを伝えたかった。なのに何も書けなかった。いざペンを手に用紙と向き合っても、気持ちばかりが溢れてこの左手は震えるばかりだった。結局、あいつが旅立つ前の幾ばくかの猶予を活用出来ないまま、このときを迎えてしまった。
 皆で造った剣を掲げ、オーブが割られる。途端に、周囲が歪み始めた。言いたかったことは何とか絞り出して先ほど叫んだが、ついには声も出なくなる。あいつの顔も、よく見えなくなってきた。

 だけど最後にもう一つだけ。もう少しだけ。

 急いで駆け寄って、勇者の象徴たる左手を掴んだ。驚いたようにこわばらせるあいつに構わずに、その手のひらに刻む。
 名前は覚えていてくれるだろう。大樹が落ちてからこの世界で起きたことも、すべて背負ってお前は戦うのだろう。これ以上は持たせたくはない。だけど、持っていってほしい。ついていけないならば、この想いだけでも、どうか、


 それに気づいたのはキャンプ地でのことだ。始祖の森で過ごす夜、明日はいよいよ大樹へと向かう、2回目の運命の日の前日。
 とても眠れはしなかった。もしも、止められなかったら?また、同じことを起こしてしまったら?皆に背中を押されてここまで来たというのに不安が尽きなくて、僕は本当に、情けない勇者だ。紋章が僅かに光るこの手でもう一度、世界を救えるだろうか。
 “こちら”に来てからずっと、無意識のうちに握りしめていた左手を見る。ふいに、呪いが解けたようにそこが、ゆっくりと開かれて、刻まれた文字に、息が詰まった。

 すきだ

 ぼんやりと靄がかっていたあのときのことを、急速に、鮮明に思い出す。ああ、最後に君が必死に伝えようとしていたのに、どうして忘れていたんだろう。たった数文字が、熱を持って僕に語りかける。心臓は握りつぶされたかように痛むのに、それでいて全身からチカラが、勇気が湧いてくる。

 ―きっと、大丈夫だ。

 僕はもう恐れない。俯かない。振り返らない。君からもらった勇気を手にこの世界も救おう。そうしていつかまた君に会えたならば、返事をさせてほしい。

「…僕も、だいすきだよ、カミュ」





フォロワさんの誕生日に捧げた君の名はパロ(?)
180322

Clap

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