胸に残る一番星 | ナノ

  レイニーレイニー


 衣擦れの音が聞こえる。イレブンがゆっくり目を開けると、相棒の男が身支度している姿が寝ぼけ眼に映った。腰の布を巻き直して、愛用の短剣をそこに差し込むという、何ら珍しくはない光景をぼんやりと眺める。今は何時だろう。この部屋には窓がないのでわからなかった。

「…かみゅ、どっか行くの?」
「何だ、起きたのかイレブン」
「もう夕飯の時間?」
「いいや、まだ少し時間あるぜ」

 上半身だけ起き上がらせたイレブンの元へ寄ってきたカミュは、くしゃりとその頭を撫でた。荒っぽいようで優しいこの相棒の手つきは、何故だかいつも亡くなった祖父を思い起こさせてくすぐったい気持ちになるイレブンだ。

「オレはちょっと武器屋に行ってくるな」
「…じゃあ、僕も行く」

 いつの間にかかかっていた毛布をはがし、立ち上がろうとしたところでカミュに軽く肩を掴まれ制された。
「お前は休んでおけよ。疲れてるんだろ」
 今日はまだ日も暮れていない頃合いに宿につき、あとは夕飯まで自由時間ということで仲間たちと別れたあと、早々にベッドに突っ伏したイレブンを気遣っているのだろう。しかしイレブンは久々のベッドの誘惑に抗えなかっただけで、別にそんな疲労しているわけではない。

「ちょっと寝たら回復したからダイジョーブ!」
「ほんとかあ?」
「カミュより若いしね」
「そんな変わらねえだろ…」

 そんな軽口を叩いている間に起き上がってささっと支度した。カミュは別段一人で行きたかったわけでもないようで、ドアの前で待っててくれた。

「僕防具屋も行きたいな。ベロニカがいい加減猫の被り物やめたいって言ってたし」
「ああ、セーニャが残念がってたな」
「僕も似合ってると思うんだけどな」
「何だかんだ言いつつ着てるから、ベロニカのやつも満更でもないんじゃねえの」

 部屋を出て階段を降りる。一階は他の客でガヤガヤしていて、軽く見回しても仲間たちの姿はなかった。念のため宿の受付で、同行者に尋ねられたら少し出かけてくる旨を伝えてほしいと頼んだ。受付の女性は営業スマイルを湛えて頷いた。

「かしこまりました。ただ今雨が降ってますのでお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「げっ、マジか」
「…言われてみれば、雨の音聞こえるね」

 宿内が妙に混み合っているのは雨宿りのためかと納得いった。カミュがつかつか歩いて入り口のドアを開き、外を覗き込む。

「これくらいなら行けるな。お前はどうする、イレブン」
「行くよ、もちろん」

 今さら部屋に戻っても仕方ない。小雨なら走ればまあ平気だろう。自分も外へと向かおうとすると、受付の者から声がかかり、「お客さま、こちら残り一つですがよろしかったら」とイレブンにあるものを手渡した。

「わあ、ありがとうございます!」
 助かった、と嬉々として握りしめながらカミュの元へ向かう。

「カミュ、カサ貸してもらったよ。最後の一本だって」
「おお、良かったな。それじゃ行くか」
「うん、……って待って待って」

 イレブンがカサを開いている間にカミュは雨の中歩き出してしまった。慌てて後を追って腕を掴み、半ばむりやりカサの中に引き入れる。カミュはキョトンしてした。驚いているのはこちらなのに何故そちらがそんな顔をするのか!

「何やってんだイレブン」
「いやいやカミュこそ何で!? せっかくカサ貸してもらったのに!」
「貴重な一本だろ、お前が使えよ」

 オレはこれがあるしな、と被っていたフードを指差しながら出ようとするカミュを、止めるために再度腕を掴んだ。確かに今まで雨天時はそうしていたし気にしなかったが、今は違う。荷物になるから普段持ち運べないが、便利な雨避けアイテムがこの手にあるのだ。

「このカサ小さくないし、十分入れるよ」
「そういうわけじゃなくてな…」
「どういうわけなの」

 貴重なもの、食べ物だって道具だって、…己の体だって、惜しみなくイレブンに分け与えようとするのだ、この人は。それを受け取るばかりじゃ嫌だって何度も言っているのに。むうっとしながら睨むイレブンに、カミュはため息をつきながら肩を落とした。

「…カサ、使ったことないんだオレ」
「えっ…?」
「視界遮られるし、片手が塞がって危ないだろ」

 特にこんな雨の日は、と濡れた町通りに視線をやる。だからフードを被っている方がいいし、お前の服にはフードがないからそれを使えばいい。決して譲ったというわけではない、とカミュは弁明した。なるほど、とイレブンは頷いた。

「わかったなら、」
「でもさカミュ、今僕たちは二人だよ」
「…はあ?」
「手が一つ塞がれても、あと三つもあるじゃないか」

 僕の右手と、君の両手、これだけあれば十分でしょ!
 カミュの腕を掴んでいた手を離してひらひらさせながら悪戯っぽく笑うと、カミュは目を丸くして、それからつられるように笑った。まったく勇者さまは強引だな、なんて言いながら。

「それじゃ、雨の日デートとしゃれこむか、イレブン」
「うん!」
「…いやそこは突っ込めよ」
「え、何が?」
「…はあ」

 あまり遅くなっては夕飯の時間に間に合わずベロニカたちに怒られそうなので、いい加減目的地へと向かうことにした。カサの柄を挟んで肩が触れ合う距離、正直とても歩きづらいが、何だかカミュも楽しそうに見えるので良かった。
 先ほどカサを使ったことがないと聞いて、カミュが一人雨に打たれる姿を想像したらイレブンは胸が締め付けられる心地になった。イレブンとてカサも差さずに雨の中遊びまわってずぶ濡れになり、母ペルラに叱られたことはいくらでもあるが、それとは根本的に違うものだろう、恐らく。

 大きいものでも小さいものでも、雨に降られたときはすっとカサを差せる相棒になれたらとイレブンは思う。彼が自分にそうしてくれたように。



お題「デート」「雨」
180604

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