胸に残る一番星 | ナノ

  ジャックは笑った


 かぼちゃを彫っている。勇者さまが人助けをしたことで得た本日の報酬だ。そのままだと荷物になるだろうとバラし始めたのだが、ふと思い立って中身をくり抜いたあと、皮の部分をがりがりと切りつけた。それほど大きくはないがさすがにかたく、刃がこぼれたりしないように気を付けながら作業する。

「お姉さま、カミュさまは何を作ろうとしているのでしょうか?」
「まあだいたい想像つくけどね。この時期ならあれじゃない?」
「あれ…と言いますと…」

 同じ丸太に並んで座っている姉妹の片割れは、少し考えたあと、「もしかして、ハロウィンですか?」と閃いたように言う。まあわかるよな。セーニャ当たりだ、と出来上がったものを見せた。

「ほう、ジャック・オ・ランタンか…」
 グレイグが剣の素振りを止めて視線を向けてきた。おっさん、こういうの疎そうに見えて知ってるんだな、と思ったのは口にしないでおいた。

「やっぱりね」
「まあ、すごいですわカミュさま!」
「見よう見まねだけどな。こんなもんか」

 三角の目もギザギザの口も難産だったが、それっぽくはなった気がする。仲間の面々に口々に褒められて悪い気はしなかった。

「カミュちゃんほんとに器用ねえ〜。いつかうちの団で力になってもらいたいわあ」
「おいおい、雑用はごめんだぜおっさん」
「あら立派な仕事よ」

 シルビアの軽口なのか本気なのかわからない笑みを振り切り、さてと立ち上がる。荷袋の中にあるろうそくを取り出して、かぼちゃの中に取り付けた。それからこちらをちらちらと見ながらも今晩の夕食づくりに励んでいる勇者のもとへ向かう。

「イレブン、料理中悪いが、ちっとこいつにメラしてくれないか」
「…え?」
「ちょっと、何であたしに頼まないのよあんた」
「お前がやったらかぼちゃごと焼きかねないだろ」

 むっとしているベロニカは、その顔だけを見れば完全にお子様であるが、誰もが認める魔法使いなのである。その魔力は見事なものではあっても、せっかく作り上げたこれが文字通り灰になってはたまったものではない。

「いいか? イレブン」
「あ、うん」

 メラ、という呪文とともに、ろうそくにぽう、と小さなあかりが灯る。近くにあった樽の上に置くと、くりぬいた部分から漏れ出た柔らかいオレンジの光があたりを照らした。

「風情があるのう」
「素敵ですね」
「ふふ、より雰囲気が出たわね。こうして旅していると、ハロウィンなんてそうそう出来ないものね」
「はっ、姫さまが望むのならば今からでも!」

 今からでもって何をする気なのだろうか。周囲に町はない平野でキャンプしてるこのときに。反射のように先走るグレイグを「もう、そうじゃないの!」と諫めるマルティナを横目に、カミュは思う。イベントに興じることができないのはハロウィンに限った話ではないし、そういうお祭りごとを当たり前のように楽しめる世界にするべく、自分たちは今日も戦っているのだ、と。
 けれど。

「でも、これだけでも何かいいよね。カミュ、さすが」
「…別に大したことしちゃいねえよ。それより勇者さまはこいつを入れてみな」
「…? これを…? おいしいかな?」
「さあどうだろうな」
「てきとうだなあ、もう」

 などと言いながらも、素直にカミュから受け取ったそれを鍋の中に放り込んで、ぐつぐつと煮始めた。出来上がったのはいつもとは違って、この即席ランタンのようにオレンジ色のシチューだった。これまた思いつきだったがなかなか美味く、色も相まって芯からあたたまるようだ。カミュすごい! と再度勇者に感心されたので、おまえが作ったからだよ、と返しておいた。

「…そういえば、ジャックオランタンには魔除けの意味があったの」
 ぎくり。シチューに舌鼓を打ちながら、ふと思い出したようにロウが呟く。

「…へえ、そうなのか」
「待って、おじいちゃん、それって…」
 何とかシラを切るつもりでいたのに、カンのいいベロニカはすぐにぴんときてしまったようだ。

「うむ、もちろんカミュが知らないわけなかろう」
「まあカミュちゃんたら、それで急に?」
「キミのことだから何かあると思ってたけど、なるほどね」

 ついでシルビアとマルティナにもバレて、やさしく微笑まれてしまった。さいあくだ。以前どこだかで聞いたあやふやな話を思い出しただけの、単なる思いつき。予想外に好評だったが、作ってみるかと思ったそのときに、こころのうちで自然と湧き出たおもいは隠すつもりでいたのに。

「ここには女神像がないからな…いいものを作ったな、カミュ」
「…べつに」
「カミュさま、ありがとうございます」
「…おー」
 感心しているグレイグやにこにことしているセーニャに気のない返事をする。

「ほっほ、照れんでもいいのに」
「…人が悪いぜ、じいさん」

 カミュ、と呼ばれる。聞き間違えるわけがない声が隣から聞こえる。顔は向けられないけど、無視することなんてできない声。

「ありがとう。カミュはいつもみんなのことを考えてくれてるね」
「…あー、だから、別に大したことはしてねえって。明日にゃ捨てるぞ」

 こんなものは鍛冶で失敗した装備品よりも役に立たないし、ハロウィンのことだって、このジャック・オ・ランタンのことだってよくは知らないけれど。そもそも魔除けなど、魔物に立ち向かっていく自分たちには合わないものだけど。

 ――少しでもこいつが照らしてくれたらいい、と思っただけだ。

「ええー…せっかく作ってくれたのに、持っていけないなんてもったいないよ」
「…いくらでも作ってやるさ。モノがあればな」

 カミュは本当にかっこいいな、というイレブンをこっそり盗み見て、いまはその顔に影が差していないことに、ひどく安心したのだった。




181101

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