胸に残る一番星 | ナノ

  Sense of Distance


「こ、これ…っ、もらって頂けますか…!」
 腕の中は甘いにおいで満ちたものでいっぱいになっている。甘党の自分としては常であれば素直に喜んでいただろうが、さすがにこうも次から次へと少女たちから差し出される現状には困るばかりだ。時間も時間であるし、しかし無下にすることも出来ず、どう切り抜けようかと考えていたところ、
「マルティナ!そろそろ行こうぜ」
 と、同じく大量の小袋を抱えた青髪の男――カミュから声をかけられたのだった。


 命の大樹へと向かうためにオーブを集めてる最中、メダルが溜まったからちょっとだけメダ女学園に行ってきていい?と言う勇者に反対する者は特にいなかった。ただし、いくらメダ女とはいえ何があるかはわからないので一人では行かせない、とカミュとマルティナが同行することになった。他の仲間はキャンプ地で待機だ。ルーラで飛び、学園の門を抜けて校舎に入り、じゃあ行ってくるねと校長室に向かう勇者を見送ったあと、二人は適当に別れて学園内をぶらついていた。まさかこのようなことになるとは思わずに。
 
「ありがとう、カミュ。助かったわ」
「おう。…そっちもえらい目にあったみたいだな?」
「…キミもね」

 廊下を歩いていたら突然数人の女生徒たちから小袋を手渡された。中身はチョコレート菓子のようだ。旅をするうえで糖分は貴重であるし、何よりマルティナは単純に甘いものは好きである。しかし行動の理由がわからず困惑しているうちに続々と他の生徒も受け取ってください!と突撃してきたのだった。

「彼女たちがどうしてああしてきたのか、理由はわかる?」
「いいや…謎だな」
「そう…」
「ああ…なるべくは受け取らないようにしていたんだが、ここの生徒さんたちは、意外と押しが強いな…」

 軽くため息をつくカミュに同意する。優雅な淑女になるよう日々教育をされているらしい彼女たちだが、こちらが何かを言う暇も与えずに渡してはバタバタと去っていった。一人や二人であれば微笑ましい程度だったが、十も二十も越えたあたりからは困ってきた。やはり理由はわからぬままだが、カミュも同様だったのだろう。
 
「これ、どうしたもんかな」
「持ち帰って、皆で食べるしかないんじゃない
?」
「んー……変なモノ、入ってないといいんだが」
「……ない、とは言い切れないのが悲しいわね」
「そうだな…」

 その言い方からするに、彼も昔何かしらあったのだろう、と察した。出会ったときから今なおカミュの素性は知れないが、恐らく自分が16年ロウと共に世界を放浪したように、彼もまた何かを背負い苦労し身につけた強さがある、と少しではあるがマルティナはわかってきた。武闘会で自分に負けた坊やが、あの子の相棒だなんて、親しくしているだなんて、どうして。当初の怪しむ気持ちはだいぶ薄くなったが、悔しむ気持ちは、未だある。それとは別に何故だか彼にはどこか親近感も覚えている自分もいた。イレブンを大切に思っているからだろうか。
 などと話しているうちに校長室の前にやってきたそのとき、タイミングよくイレブンが部屋から出てきて、「わあ」と声をあげた。

「すごいね、2人とも、いっぱいもらったね」
「え?」
「…ん?どういうことだよ、イレブン」
「あれ?君たちは聞いてないの?」

 揃って頷く。するとイレブンは校長から聞いたらしい話を始めながら外へ向かった。どうも今日はここ、メダル女学園にて、”調理実習”なる授業があったようだ。その際に作ったお菓子をお世話になった先生や先輩、仲がいい友達や後輩に差し上げて感謝の気持ちを伝える、までがこの授業の目的らしい。
 なるほど、と思ったがまだ疑問は残る。自分たちは、(勇者という特別枠を除き)この学園の生徒ではないし、さして交流があるわけでもない。うっかり素材集めのためにマルティナがここの制服を装備しっぱなしだったとはいえ、断じて生徒ではない。なのに何故彼女たちは贈り物をしてきたのだろう。

「ああ、あとね、憧れの人に渡す風習も、あるらしいよ。だからじゃない?」
 カミュもマルティナもモテモテだね、とイレブンは他人事のように笑っている。ならばイレブンとて貰っててもおかしくないのに。カミュも同じことを思ったのか問いかけた。

「お前はもらわなかったのか?」
「僕は校長室にいたからなあ。誰とも会ってないし」
「運がいいんだか悪いんだか…」
「キミに渡したかった女の子もきっといたでしょうね」
「だろうな」
「ええー?そうかなあ」

 話しているうちにグラウンドを抜けて大きな校門が見えてきた。その先でルーラするのだろう。仲間たちの元に戻ったらこれらの収穫物(と言っていいものか)に驚きつつもセーニャあたりは大層喜びそうだ。自分も少し気疲れしてしまったのでせっかくだから甘いものに癒されたい。と思っていたらお腹が鳴った。マルティナの、ではない。

「…あ、ご、ごめん…」
 恥ずかしそうにお腹をさするはイレブンだった。そういえばお昼はまだ食べていなかった。マルティナはふふと笑って、戻ったらご飯にしましょう、と言おうとしたらカミュが予想外の行動に出た。適当に開けた袋の中から一つ――一口サイズのチョコレートであった――取り出し、ひょいと…自分の口に入れた。

「…カミュ?」
「あっカミュ、ずるい」
「んーー……まあ、変なのは入ってねえな。ほら」

 と言い、もう一つ取り出したチョコをイレブンの口へと放り込んだ。

「美味いか?」
「……あ、美味しい」
「良かったな。それで我慢しとけよ、あんま食ったらベロニカやシルビアに怒られそうだからな」
「…だね。ありがと、カミュ」
「ん。……?何だマルティナ、おまえも欲しいのか?」

 一連の流れをじ、っと見つめるこちらの視線にようやく気付いたらしい。が、違う、そうじゃない。しかしハッキリ言葉にするのも躊躇われ、マルティナは口を噤んだ。

「いいえ。それより早く戻りましょう、イレブン。予定より遅くなってしまったから、ロウさまたちが心配しているかもしれないし」
「勇者さまも腹を空かしてるようだしな?」
「うっ……そうだね、戻ろっか」

 校門をくぐってから、イレブンがルーラの詠唱を始める。その隣に当たり前のようにいる男のことを、マルティナはこっそりと盗み見た。
 ――16年前、何が何でも守りたかったが叶わなかった赤ん坊が生きて立派に成長していて、更には兄弟のように親しい人物が隣にいることは喜ばしいことだ。それでもあの距離感が、少しだけ、羨ましく思ってしまうマルティナだ。




「あ、今更だけどマルティナ、それ重くない?大丈夫?」
「ありがとう、平気よこのくらい。軽いものだわ」
「そっか。カミュは?」
「勇者さまのごちゃごちゃした道具袋に比べたら全然だな」
「ううっ…」


180215

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