胸に残る一番星 | ナノ

  一陽来復を願う


 ムンババの朝は早い。
 イシの村の誰よりも先に起きて、住処である崖のくぼみから鳴き声を響かせる。そうして村のみんなに朝の知らせをするのがお役目なのだ。

「よお、今日も早いな」

 気持ちよく一鳴きし終えたと同時に、青年がはしごを登ってやってきた。ムンババと同じく目覚めが早いこの青年―カミュは、ムンババを邪気から救いこの村に来ないかと誘ってきた勇者さま、ではなくそのアイボウである。アイボウというのが何かはよくわからないが、ともかく彼がこの村に勇者と暮らし始めてからは、ムンババにご飯を持ってきてくれるようになった。それまではこの村の長が担当していたのだが、ダンのじいさんが毎日ここまで登ってくるのもキツイだろうからな、オレが代わったんだ、といつだかに話してくれた。

「ほら、朝飯だ」

 小脇に抱えていた袋をどん、と地面に置く。中身はお日さまの光をたっぷり浴びた牧草と小麦に、村に流れる澄んだ川の水。どちらも故郷では味わえなかったものなので、いつでも嬉しい。

「いっぱいあるから、ゆっくり食えよ」
「ムッフォムッフォ!」

 むしゃむしゃと頬張っていると、カミュは変わらず毎日そう言ってくる。村長のことも別段キライではなかったけれど、穏やかな瞳を向けてくる青年のことがムンババはわりあいスキであった。それに彼は、

「……はあ、ここはあったけえなあ」
「ムフォ?」
「お前もクレイモラン地方から来たんだから、そう感じないか?」

 そう、ムンババと同じ地方に住んでいたらしい。だからなのか、こうしてよく語りかけてくる。崖際に座るのを少しも躊躇せずに、眼下に広がるこの村を眺めながら、ぽつりぽつり。目を細めているのは、朝日の眩しさ故か、それとも。

「……気候もそうだし、住んでる人間も、優しいよな」

 それはわかる。ムンババも当初こそ奇異な目で見られていたけれど、今は子どもたちだって自らここに遊びに来るぐらいになった。自分を助けてくれた勇者への恩返しとしてはるばるこの村にやってきたわけだが、単純に来てよかった、と思う。

「……拍子抜けするくらいに歓迎されて、逆にこっちが戸惑っちまうよなあ」

 そう言うカミュは、同じ気持ちではないのだろうか。この崖からは、村全体がよく見える。畑を耕し、収穫を喜び合う村人たち。時折訪れる旅人が、物珍しそうにこちらを見上げてくる顔。その横で得意げにしながらムンババに手を降ってくる、子どもたちの笑い声。それから勇者の隣で日々を過ごしている、この青年のことだって。いつもあんなに楽しそうに見えるのに、どうしてだろう、いまは伏せられた目がどこかせつない。ムンババは白銀の森の奥にずっとひとりでいたから、人間のきもちというのはよくわからない。けれど。

「ムフォ! ムフォフォー!」
「うおっ、何だどうした!?」
「ムフォフォ!!」

 両腕を上げて、自分の胸をどんどん叩く。何があったのか、何を思ってるのか知らないけれど、大丈夫。勇者の瞳に宿る光のような、このあたたかな村で、カミュだって暮らしていける。自分がそうであるように。

「……まさかお前、慰めようとしてんのか?」
「ムフォフォ!」
「……っく、はは、ははは! ……別に、落ち込んでたわけじゃないんだぜ。ちょっと、居心地がよすぎてむず痒かっただけさ」
「ムフォー?」
「……ありがとな、お前も優しいな」

 言われたことはやっぱりムンババにはよく理解出来なかったが、元気にはなったようなので、よかった。さて、とカミュは立ち上がって埃を払う。

「そろそろイレブンも起きる時間だから帰るな。朝飯作らねえと」
「ムフォフォ」
「お前も、たまにはオレたちの家に遊びに来いよな!」
「ムフォー!」

 もちろん、の意で鳴けば、カミュはにっと笑ってムンババを撫でてから、軽い足取りで自宅へと帰っていった。さあ今日も、一日が始まる。寝坊助らしい勇者にも届くように、ムンババはもうひと鳴き、声を響かせた。





200322

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