胸に残る一番星 | ナノ

  奇跡であふれて足りないや


「服が欲しいな……」

 小さなつぶやきでも二人暮らしの小さな家では聞こえるものだ。イレブンは同居相手のそれに、危うく洗っていたお皿を落としてしまいそうになった。すんでのところでキャッチして、水で流し、布巾で拭って水切りカゴの中に置く。これで全部だ。自分の手も拭いてから、クローゼットの中を整理していたカミュの元へ向かった。

「ねえ、カミュっ」
「……ん? イレブン、どうしたんだ? ああ、皿は洗い終わったのか? ありがとな」
「ううん、カミュがご飯作ってくれたんだから、これぐらい何でもないよ。……じゃなくて! さっき、服が欲しいって……」
「何だ、聞いていたのか」
「うん! 服、欲しいの!?」

 そりゃあ聞き逃すはずもない。基本的に欲求を口に出さない(というか無欲な)カミュが、欲しいと呟いたことなんて。それも、服を。旅をしている間は、オレの装備品なんか後回しでいいと言って、使えそうなものはイレブンや他の仲間たちに率先して回していたあのカミュが! 同居が決まったときだって、生活に必要なものとふたりで共有して使うものだけを揃えて、自分専用のものを買うことはなかった相棒が!

 イレブンはもう食い気味で、開きっぱなしのクローゼットの前に立つカミュに迫った。何ならこれからすぐにでも買い物に行こうか、と提案したかったが一人で突っ走るのはよくないことなので、まずはちゃんと話を聞きたい。

 カミュは、丁寧にハンガーにかけられた赤いコートや紫のマントを交互に引っ張りながら、困ったように頭をかく。

「あー、いやさ、お前が作ってくれたものも打ち直してくれたものもいいものなんだけどよ、この村で着るにはちょいと派手なんだよな……」
「……それはまあ、確かに……」

 どれもとても彼に似合っているけれど、未だ大事に持っててくれているのも嬉しいけれど、この小さなイシの村で普段着として使うには、どれもこれも少々どころかかなり浮くことだろう。別に着ているもので差別したりなど村のみんなはしないだろうが、カミュは気にしてしまうらしい。どんな大国でも偉い人相手でも怯むことなくいたあのカミュが、とイレブンはまた内心でほろりとしてしまった。

「それに、いつまでもお前のお古ばっか着ているわけにもいかねえしなあ」
「それも似合ってるけど、数は少ないしねえ……」

 今カミュが着ている服は、イレブンが昔つけていたものをペルラが仕立て直したものだ。村を復興する最中、瓦礫に埋もれた自宅から数着見つけたらしく、いつかあんたが帰ってくるときのためにとっておいたけど、必要になってよかったよ、とカラカラ笑っていた母には本当に感謝だ。しかし本当に数えられるくらいしかないので、これからもここで暮らしていくことを考えると確かに新しい服はもっと欲しいところだ。

「じゃあ、新しいやつは僕が作ろうか」
「……え、いいのか? 別に、ねだったわけじゃないんだが……」
「もちろんだよ。今さら遠慮なんてしないでくれよな、相棒!」
「……ふはっ、似てねえよ」
「へへっ」

 ダメ出しはされたが物真似をしたことは伝わったみたいで、ふたりでへらへら笑った。

 さてと、袖をまくりながら、家の片隅に置いてある鍛冶台へと向かう。鍛冶をするのもだいぶ久しぶりで、イレブンは燃えてきた。髪も結んで、素材を入れて、ハンマーを握る。思えば幼い頃からペルラの針仕事を不器用な自分には出来そうにないと諦めていたのに、この鍛冶台では服だって作れてしまうのだからふしぎなものだ。

「カミュ、半袖と長袖どっちがいい? 両方いる?」

 作り終えるまでのんびり待っててよと言ったのに、わざわざイスを引っ張ってきて近くに座ってこちらを見ている相棒に尋ねかける。答えはほとんどわかっているけれど。

「いや、半袖だけで構わねえよ」
「やっぱり?」
「ここは冬でもあたたかいしな。雪も降らないんだっけか?」
「僕が覚えてるうちでは降ったことないなあ。旅に出るまで、テオじいちゃんの話の中でしか知らなかったし……雪を見たの、クレイモランが初めてだったな」

 白銀の景色自体は懐かしいものでもないが、初めての雪に胸を躍らせたあの日のことは懐かしい。軽く思い出しながら四連打ちをすると、トントンカンと小気味良い音が響く。今は昼下がりとはいえ、あまり大きな音は立てたら近所迷惑かもしれないので、気持ち控えめに打っていた。おかげでカミュの噴き出した声も、バッチリと耳に入った。

「……ぷっ」
「……え、なに?」
「いや、そういやお前、初めてクレイモラン行ったときに盛大にすっころんだよなあ」
「うっっ……そういうのは忘れてよ……」

 カミュの発言にまた手元が狂いそうになった。すんでのところで手を止めたからよかったものの、このまま打っていたら前衛的な服になるところだった。もう、と恥ずかしさを紛らわすようにみだれ打ちをするイレブンに、カミュはというと笑うのを止めて、――静かに呟いた。

「でも、あのとき笑えたんだぜ、オレ」
「……」

 イレブンは思わず手を止めて、相棒を見やる。言っていることとは裏腹に、何だか泣いているような気がしたからだ。実際にその青から雫はこぼれていなかったけれど、イスの背にもたれて目を伏せる顔が、あのとき一人、クレイラモンの外門で遠くを見つめていたすがたと重なった。

「雪なんかにはしゃいで、慣れない雪道で転んで、鼻水たらしてるお前見てたら、なんかおかしくなってな。笑っちまった」
「カミュ……」

 そうだ、そんなカミュにたまらなくなって駆け寄れば、凍った地面で滑ってしまったのだった。かっこ悪くて恥ずかしい自分に手を差し出したカミュは、今みたいな、少し泣きそうな笑顔を見せていた。

「だから、ありがとな、イレブン」
「……」

 何がだからで何がありがとうなのか、聞かなくても察している。何度でも思い出してはお礼を言ってくる相棒に、イレブンはこころがぎゅっとなる。いいんだよって言うのも、こちらこそと返すのもきっと違うのだろう。じゃあ、どうすればいいのかなんて、邪神を倒すよりも難しい。

 だからイレブンは、ハンマーを握りしめて鍛治を再開し、あえてまったくの別の話題を口に出した。

「……なあ相棒、聞いてくれ」
「……おお、なんだよ。お前オレのマネ好きだな……」
「うん、好き。それで雪といえば、僕、旅してる間は出来なかったことしたいんだけど」
「出来なかったこと?」
「雪だるま作ってみたい」

 大真面目にイレブンが言えば、カミュは思ってもみなかったという風に目をまんまるにして、それからまた思いっきり噴き出した。

「く、っくく、マジか!」
「だって今までそんなヒマなかったし……あとね、雪合戦もしてみたい!」
「今はたっぷりあるからな……いいぜ! それが終わったら、ちょっくらクレイモランまで行ってみるか!」
「うん!」

 そうと決まれば善は急げだ。もちろん鍛治を適当に済ますなんてことはしない。相棒に渡すものは+三以外はありえないのだ。振り下ろしたハンマーが、かいしんの一撃を繰り出した。よし、もうすぐ出来上がりそうだ。そうしたら、久々にクローゼットの中からコートを取り出して、彼の故郷へと向かおうか。せっかく作った服の出番はもう少し先になるけれど、着る機会はこれからいくらでもあるのだからいいだろう。

「そうだ、マヤちゃんも呼ぼうよカミュ!」
「……いや、あいつはいま授業中だと思うぞ」
「……あ、それもそっか。残念だなあ……」
「今度休みのときにでも誘ってみるか。はは、マヤのやつは嫌がりそうだけどな」
「大丈夫、きっと楽しいよ。ベロニカとセーニャたちも呼ぼう」
「そいつは騒がしくなりそうだなあ……」

 カミュが楽しそうに笑う。ああ、今度はイレブンの大好きな笑顔だ。世界が平和になっても、彼の妹が元気に学園で学んでいても、決して笑えない過去が君にだって僕にだってあって。それでもそうやって笑えたら、楽しい思い出をいっぱい作っていけたらいいと思う。




お題「雪」
200106

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