胸に残る一番星 | ナノ

  薪をくべながら


 なかなか止まない雨と小屋の中に吹き込む風。毛布に包まり暖炉で燃える炎を見つめながら、イレブンはこの地で聞かされたことを反芻し、そして己の半生を振り返っていた。

 
 イシの村のただの青年〈イレブン〉のままでいられたらと、思ったことがないと言えばウソになる。無実の罪で大国から追われ、帰る場所は無慈悲に奪われた。どうして、僕も村のみんなも何もしていないのに、ただ穏やかに暮らしていただけなのに。自分のせいなんだろうか。ならば勇者の生まれ変わりであることなんて知らなければ、もしもあの日旅立たなければ、と何度も何度も後悔を繰り返した。

 それでも、祖父テオの手紙の通り、真実を探す旅に出て良かった、と今なら思う。


 ユグノア城跡で出会った、血のつながった実の祖父ロウと、デルカダールの王女マルティナ。彼らが教えてくれた、16年前の話。魔物によってたったひと晩で滅びた生まれ故郷と、亡くなった両親のお墓。非業の死を遂げたたましいをとむらうための、鎮魂の儀式。よくぞ生きていた、と涙を流すロウ。キミを助けられてよかった、というマルティナの震える声。

 ひとつ、またひとつ知るたびに、自分はずっとずっと守られて生きていたのだということを、イレブンは今更ながら痛感する。それと同時に、どうしようもなく恥ずかしくなった。このひとたちが苦しみと悲しみを抱えながら生きてきた間、のうのうと暮らしていた自分が。何も知らず、知ろうともせずにいた自分が、ただただ恥ずかしく、そして申し訳なかった。これは、知らなければならないことだった。知らないまま生きていってはいけないことだったのだ。

 ――だから、おじいちゃんと母さんは、僕を旅立たせたのかな。

 そっとヒスイの首飾りに触れる。ユグノアの紋章が刻まれたそれは、産みの母親からテオへ、そしてペルラから自分へ、どんな気持ちで託されてきたのだろう。本人たちに聞くことはもう出来なくて、だからこそしっかりと握りしめていたい。この手の中に、確かに遺されたものを。


 その価値は、お前が決めればいい
 この首飾りをつけてもらったときのことを自然と思い出す。
 ……うん、そうだね、カミュ。


「……それ、エレノアさまのものね」
 薪をくべていたマルティナが、考え込んでいたイレブンの手を覗き込む。

「……そう、なんですか?」
 手紙と一緒に入っていたという首飾り、恐らくそうだろうとは思っていたが。マルティナがゆっくりと頷く。

「ええ。……覚えているわ、幼いキミを抱いて微笑むエレノアさまの首元で、きらきらと煌めいていたもの……いたっ」

 懐かしさと切なさをにじませた声が、ふいに痛みに歪む。薪木が床に落ち、マルティナの指先にはわずかな血がついていた。

「だ、大丈夫?」
「切ってしまったみたい。でもこれくらい平気よ」

 なんてことはないように言う彼女の手をよく見れば、あちこちが傷ついていた。瞬時に昨夜の襲撃が頭をよぎり、思わずその手を取る。

「イ、イレブン?」
「ベホイミ」

 戸惑うマルティナに構わず呪文を唱えれば、淡い光とともに小さな傷が癒されていく。それにホッとしながらも、まだお礼の一つも言っていなかったことハッと気づく。

「マルティナさん」
「……どうしたの?」
「遅くなったけど、……助けてくれて、ありがとう」

 目の前で座っている凛としたこの女性が、自分が産まれる前よりも関わりがあったといっても何一つ覚えていないイレブンには、どんな顔を向けたらいいのかわからない。今まであなたの存在すら知らなくてごめんなさい、と謝るのもきっと違うのだろう。今日昨日で一気に知った出来事をすぐに受け止めるには難しくて、けれどもたくさん助けられたことに感謝していることだけは伝えたかった。

 自分よりも少し小さくて、しかしイレブンよりもずっと長く戦ってきたのであろうしたたかな彼女の手を、きゅっと握る。するとマルティナはみるみると泣きそうな顔をして、けれども涙はこぼさずに目を伏せた。

「ねえ、イレブン」
「はい」
「ロウさまたちと合流して落ち着いたら、キミのお話を聞かせてほしいの。なんでもいいわ。今までのこと、聞かせてくれるかしら」
「……わかりました」

 お安すぎる御用だ。自分を育ててくれた家族のこと、村のこと、ついてきてくれている仲間たちのことも、話させてほしいし知ってほしい。ロウとマルティナのことも、もっと知っていきたい。

「……雨が上がったようね。とりあえずユグノア城まで向かいましょうか。イレブン、体は大丈夫? 動けそう?」
「あっ、はい、行けます」
「よかった。……それにしても、崖から落ちたのに二人とも無傷なんてふしぎね……」
「それは、……勇者の奇跡、ってヤツかも」

 そういえば実は二度目の崖からの生還だった。今回に関してはマルティナが体を張ってくれたおかげだけれど、イレブンがあえておどけたようにそう言えばマルティナは目を丸くして、それから頼もしいわね、と笑みを浮かべた。



191017

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