胸に残る一番星 | ナノ

  息を潜めながら


 ずいぶんと小さな背中だと思う。幼くなった自分よりは大きいし、比べ物にならないほど長く生きていて、更には栄華を誇ったユグノア王家の人で、―それなのに、今はふっと消え入りそうな哀しい老人を、ベロニカは後ろからじっと見ていた。

 一夜にして愛するもの全てを奪われたロウの胸中なんて、ベロニカには推し量ることもできない。ただここで救われなかったいのちが、報われなかったたましいが、無事に大樹へと登っていけますように。そして王妃に守られた勇者、イレブンのことを、セーニャとともに守り通すことを、新たに誓った。

 
 だから、またデルカダール兵の追っ手が来たところで蹴散らしてやろう、と意気込んでいたのに、こうして息を潜めることしか出来ない現状が悔しかった。


「あいつら、こんなときに……まったく、空気が読めないのかしら!」
「お姉さまいけませんわ、静かにしなければ……」
「わかってるわよ……!」

 ふもとにいたシルビアが兵士らの存在に気づき、ひとまず合流し、そのあとにロウが機転を利かせ、隠れることが可能である場所まで案内してくれたのは助かった。おかげで「くそっ、どこに行ったんだ悪魔の子らめ……!」などと焦ったように右往左往している彼らの目から、何とか逃れられている。

「……兵士ちゃんたちの人数はそう多くないようだけれど、ここで争うなんて無粋なマネはしたくないわよねえ……」
「……ふむ、すまんのうみんな。今は耐え忍ぼう……」
「やだ、ロウちゃんが謝ることじゃないわよ」

 シルビアが言うように、倒すだけなら難しくはないと思う。しかし鎮魂式が行われる祭壇近くで、追われているからとて戦いを繰り広げるなんて、好ましくはない。何より他でもないロウがそう望むので、こうしてじっとしているのだった。


 あれからどれだけ時が過ぎたかはわからないが、運悪くはぐれてしまったイレブンはどうしているのかがずっと気がかりだ。雨は強くなり、夜も深まるばかり。まさか捕まってはいないか、無事逃げられただろうか。

「みなさま、ちょっと冷えてきましたが、お体は大丈夫でしょうか……?」
「ワシは大丈夫じゃ。それより姫とイレブンが心配じゃな……」
「……あっ、カミュ! どうだった!?」

 オレが様子を見てくる、と言って数十分前に飛び出したカミュが、すっと戻ってきた。フードを深く被ったカミュは、大きく息をつきながら座り込んだ。

「兵士どもは周辺から撤退したようだが、まだ油断ならねえな」
「カミュちゃん、ふたりは見つかった?」
「いや……イレブンもあの姉ちゃんも、姿はなかった。捕まった様子もなかったぜ」
「おお、ではあのふたりは……」
「無事に逃げられたのでしょうか……!」

 ロウが胸を撫で下ろし、セーニャがパッと明るくなる。しかしカミュの顔は神妙なままだった。

「……」
「……何よ、何があったの」

 何やら言い淀んでいるカミュを促す。見たこと聞いたことをきっちり教えてもらわなければ、危険を承知で向かわせた意味がない。そんなベロニカの視線に観念したのか、やがて口を開いた。

「……兵士どもの会話を盗み聞いたんだが、どうやら崖から落ちたらしいぜ、あのふたり」
「……はあっ!?」
「何ですって……!?」

 みな揃って息を呑む。さっと血の気が引いたロウが、何ということじゃ、と膝から崩れ落ちるところを、セーニャとシルビアが咄嗟に支えた。

「おお……、イレブン……、マルティナ姫よ…………」
 絞り出すような声が痛ましい。ベロニカだって素直に受け入れられない。なのにこの勇者の相棒は、「落ちつけよ、奴らに捕まるよりよかったかもしれねえぜ」なんて言うものだから、頭に血が上る。

「何であんたはそんな余裕そうなのよ…!」
「……落ちたことがあるからだよ、崖から、あいつと」
「……え?」

 カミュに怒ったって仕方ないが、思わず責める口調になってしまった。ベロニカの激昂とみんなの動揺をよそに、カミュは淡々と語り始めた。

「デルカダールから脱獄したあと、追われながら逃げた先が崖だったんだよ。オレたちはそこから飛び降りた。気づけば無傷で崖下さ」

 何よそれ、初耳なんだけど。突拍子も現実味もない話に面食らい、自然と妹と目を合わせた。セーニャの方も知らなかった、と首を振る。ホムラで自分たち姉妹と出会う前にあった出来事は耳に入れたつもりだったが、まだ話されていないものがあったのか。

「何と、そのようなことが……」
「実際、あのとき何が起こったのかはわかってねえ。だがオレはイレブンの……勇者のチカラだと、信じてるぜ」
「……だから、今回も大丈夫ってあんたは言いたいわけ?」
「ああ」

 腕を組み、目をつぶっていたカミュがおもむろにフードを脱ぎ、ロウに視線を向けた。

「……安心しろよ、じいさん。あいつはきっと戻ってくる。姫さまも一緒に、無事でな。オレたちはここで信じて待とうぜ。もし明日の朝になっても来なければ、そのときは探しに行こう」
「……そうね、カミュちゃんの言う通りね。ふたりのことは心配だけれど……今動くのも危険だもの」
「ロウさま、イレブンさまとマルティナさまを信じましょう……!」
「……ふむ」

 シルビアとセーニャが同意し、ロウも頷いた。ありがとう、と小さな礼も添えて。ベロニカとて異論はない、けれど、何だか悔しさも感じる。どんな状況でもあたしがしっかりしていなきゃいけないのに、よりによってカミュに後れをとったようで。しかし、落ち着きを取り戻したロウたちを見ていると、感服せざるをえない。

「……あのさ、カミュ」
「あん?」

 どん、と隣に座って、いつもより髪がしなっている男のことを見上げる。魔法も使えないひよっこちゃんのくせに、いざというときはみなの心をひとつにまとめられる。それはカミュの特性というよりも、イレブンを思うがゆえだろう。この場にいる誰よりもイレブンのことを信じている。だからそのことばが響くのだ。

「ダーハルーネからグロッタまで、あんたの評価は下がる一方だったけど、」
「……んだよ」
「今は認めてあげる」
「……そりゃ、どうも」

 つまらなそうな声音とは裏腹に、にやりと笑ってみせられた。





191012

Clap

←Prev NEXT→
top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -