胸に残る一番星 | ナノ

  ハーブティを飲みながら


「はあ〜あ、サマディーでもグロッタでも空回りして、もしかしてあの枝、呪われてるんじゃないかしら」
「なかなか手に入りませんわね……」

 木箱に座って足を揺らしながらベロニカが大きなため息をつき、その横でセーニャが苦笑いしながら同調する。

「ふふ、ぐちっても仕方ないわ」

 とシルビアはなだめるように返しつつ、カップにハーブティを注いだ。小さな湯気と香りがあたりを漂う。

「さあどうぞ。これにはリラックス効果と美肌効果もあるのよ〜!」
「まあ、とてもいい香りです……」
「ありがとうシルビアさん!」

 シルビアが淹れたそれを三人で味わいながら一息つく。雄大な山に抱かれ、川のせせらぎも聞こえるこの地は、ささやかな女子会を行うには過ぎるほどのロケーションだろう。水も緑も豊かな自然だけを見ていたら、まさか一六年も前に大国が滅ぶような悲劇が起きたなんて、とても思えないほどだった。

「ん〜とってもおいしいわシルビアさん! これってどこ産なの?」
「……これはね、ソルティコ産のハーブよ。世界各地、色んなのを飲んだけど、やっぱりあそこのが一番おいしいのよね」
「ふ〜ん。他にも種類があるなら飲んでみたいわ」
「ふふ、じゃあまたの機会にね! ……あら、セーニャちゃんには合わなかったからしら?」

 カップ片手に顔を綻ばせているベロニカと違って、隣に座るセーニャは浮かばない表情だ。しかし指摘されればすぐに否定する。

「……いえ、そんなことありませんわ。とてもおいしくてホッとするので……イレブンさまにも、飲んでいただけたらと思いまして」
「そういうことなら大丈夫よ〜! ちゃんとあの二人の分も残してあるから♪」

 シルビアがぱちんとウインクする。たき火の上に吊るしているポットの中には、まだまだ中身が残っているようだ。

「本当ですか? よかった。イレブンさま、昨晩はひどく疲れたご様子でしたので……」
「大会にくわえて、ハンフリーのこともあったもんね」
「ハンフリーちゃんのことは、アタシたちより接した時間が多かった分、イレブンちゃんにとってはつらかったかもしれないわね……」

 昨晩、グロッタ孤児院の地下に蠢く大蜘蛛を倒したあと、気を失っている闘士たちを町まで運ぶのも一苦労だったことを思い返す。立て続けに事が起きたのであまりこの件に触れられなかったが、行方不明事件の犯人が大会パートナーのハンフリーであったことにイレブンはショックを受けただろう。最初は不安だったけどいい人だったよ、何とかやっていけそう、と本戦前に言っていた彼の笑顔を思い出せばこちらがやるせなくなる。

「まあ、カミュと抜け出す余裕はあったみたいだし、表彰式のときはピンピンしていたし、そこは大丈夫じゃない?」
「抜け出し……?」
「深夜にこーっそり出かけてたのよね、二人とも。どこへ向かったのかは知らないけど、今朝イレブンちゃんを起こしに行ったときは眠れていたようだったからよかったわ。ふふ、何だかんだカミュちゃんが一番の薬よね」
「そうだったのですね……さすがカミュさまですわ」
「とりあえずハンフリーも心を改めたみたいだし、そこの心配はいらないと思うけど……問題は、これからよね」
「……ロウさま、そしてマルティナさまのことですね……。あのおふたりはいったい何者なんでしょうか」


『ユグノアで待つ。それまで虹色の枝はおあずけじゃ』

 虹色の枝を盗んだあの老人は、何故この地に我らが勇者イレブンを呼んだのか。彼の生まれ故郷がユグノアであることと無関係ではあるまいが、現時点では何もわからない。もしかしたら罠かもしれないし、それも覚悟で向かうしかない。

 ……というのに、その勇者ときたら、「頼まれていたアロエを見つけたから、いったんグロッタに戻ってもいいかな……?」などと言って、先ほどルーラで飛んで行ってしまった。念のためにオレもついていくぜと当然のように言った相棒も連れて。こんなときだが、イレブンらしいと言えばそうだし、逆に緊張感も抜けてしまった一行だった。

「ていうかイレブンたら呑気すぎるわよ。あのおじいちゃんがもしかしたら関係者かもしれないってのに」
「もしかしたら、だからこそ心の準備をしているのかもしれません」
「……そうね。ユグノア城跡に行くことは、平常心ではいられないはずだもの」

 あたたかなハーブティによってホッとしたのも束の間、三人は顔を曇らせる。

 育った故郷の村が焼き払われたというのは、話でしか聞いていない。そしてこれから生まれてすぐに滅ぼされた国の跡地へと向かおうというのだから、心配にもなる。世界を守る使命を背負ってるにしては少し頼りなく、しかし降りかかる災難にもめげずに進もうとしている若き勇者のこと、不器用ながら一生懸命な一人の青年のことを、みんな大切に想っているから。

「……何があっても、あたしたちはあの子を守るし、そばにいるだけよ」
「……お姉さま……ええ、そうですわね」
「……そうね。アタシたちだってカミュちゃんだってついてるもの。きっと大丈夫よ!」

 ユグノアへ、ロウの元へ行けば恐らくイレブンについて何かがわかると誰もが予感を抱いている。その事実が何であれ一緒に受け止めよう。この場にはいない彼の相棒とて、きっと気持ちは同じだろう。

 だけどどうかせめて、少しでも彼が傷つくことのないように。

 彼の地を遠くから眺めながら、三人はそう祈った。




191009

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