胸に残る一番星 | ナノ

  Masquerade!


「もしや他人の空似でしょうか……?」
「いやんなわけねえだろ、どう見てもありゃシルビアのおっさんだ」

 じっと見つめながらまだ訝しげなセーニャにすかさず突っ込む。思えば抽選会のときだったか、何かサプライズ仕込んでると言っていたがそういうことだったんだな、とカミュはため息をついた。


 武闘大会準決勝戦、イレブンとハンフリーの対戦相手は、マスク・ザ・ハンサム&レディ・マッシブなるコンビだった。大会の小冊子にも載っていなかった後者の人物は、恐らくはイレブン同様ルーキーなのだろうが、見事ここまで勝ち上がってきたわけである。いったいどんなやつなんだろうか、と思っていたら。

 高いところから颯爽と現れたあの登場の仕方、名前が違っても派手な仮面を被っていても、さすがにわかる。そのよく通る声も目立ちすぎる存在感も、確かにあれは自分たちの仲間――シルビアだ。

「お姉さま……この場合、どちらを応援したらいいんでしょうか……?」
「ってあたしに言われてもね……」

 それまでぶんぶんと元気よく応援していたセーニャの声が萎む。ベロニカの方は何となくはこの状況を予感していたようで、それほど驚いてはいなかった。まあカミュとしても、こんなお祭りみたいな大会でシルビアが出ないわけはないよな、という感じだが。

 セーニャとしては、シルビアが参加してるとならばもちろん応援したいのだろう。だがその相手が他でもないイレブンで、どうしたらいいのかとおろおろしている。そんな深刻そうなカオするようなことでもないのに。

「別にそんな悩む必要ないんじゃないか? あのおっさん、絶対楽しんでるだけだぜ」
「カミュさまは、イレブンさまを応援されますか……?」
「そりゃ、当然だろ」


 今朝、ハンフリーの家、もとい孤児院から帰ってきたイレブンは、昨夜の事件のあとは特に何事もなかったようのでホッとした。しかしほんの一晩のお泊りですっかりあそこの子どもらと親しくなったようで、ハンフリーさんと孤児院の子たちのためにも頑張らなきゃ! とこの勇者さまは意気込んでいた。おいおいオレたちの目的も忘れんなよ、と釘を刺しておいたが。

『まあオレは負けちまったから、お前ひとりに任せて悪いけどな』

 あの女武闘家と当たってなければもっとイイ線までイケたんだけどな。とは思えど負けは負けなので、せっかくカミュも参加できる大会でイレブンだけに戦わせるのも少し心苦しかった。隣で一緒に戦えたらよかったのに、なんて今さら。

『大丈夫だよ。カミュの分までがんばるから、応援よろしくね!』
『…ああ、もちろんだ』

 少ししょげていれば屈託のない笑みを向けられて、何だか逞しくなったものだな、と思う。サマディーでのレースのときはもっとびくびくしていたものなのに。青空が眩しい闘技場へ向かう背中が格好良く、…その隣に自分がいないことは、やはり悔しかった。

 せめて応援ぐらいしなければ。もっとも、カミュは姉妹や周囲の観客のようには声を上げたりしないけど。そういう柄ではないので。


「どうしましょう、お姉さま…」
「それよりあたしは気がかりなことがあるのよね…」
「え…?」
「…試合、始まったぜ」

 準決勝戦、ここまで勝ち抜いてきた強者同士、すでに熱い火花が飛び散っていた……ということはなかった。レディ・マッシブ、もといシルビアがくるくると体を回転させながら軽やかに攻撃をかわしている。さらには火吹き芸もやってのけていて、会場を沸かせていた。試合というよりはまるでサーカスのようだ。

「さすがシルビアさまですね…!」
「って言ってる場合じゃないわよ」

 セーニャは思わず見とれている様子だが、ベロニカは何とも苦い顔をしていた。

「イレブンたら、さっきから本気出せてないじゃない」
「おっさん相手にやりづらそうだな」

 カミュも舌打ちをしながら同意する。ハンフリーがマスク・ザ・ハンサムとやり合っている一方で、イレブンはシルビアに押され気味だ。今まで倒してきた相手たちとは違い、シルビアはイレブンの剣技をすべて見切っているようであった。それも当然かもしれない、何しろイレブンに稽古をつけた張本人なのだから。

「あいつの片手剣は、おっさんから教わったわけだからな…」
「もっともやりにくい相手ってことね…」
「そ、そんな……! イレブンさま……」

 対人戦だからということで、この大会ではいつもの大剣ではなく片手剣を使用したのが仇になったか。むしろこの試合も含めてシルビアの試練なのかもしれない、が。あのおっさん、虹色の枝がかかってるってこと、ちゃんとわかってるのか……?

「ちょっとイレブン! しっかりなさい!!」
「うおっ!?」

 ベロニカが突然大声を出すものだからカミュは驚いた。持っている小冊子を丸めて拡声器代わりにし、そこから飛び出るは、小さな体からは考えられないぐらいの声量だった。

「そんな情けない試合してたら、ベギラマお見舞いするわよー!」
「…っ、イレブンさま! がんばってくださ――ーい!!」

 つられてかセーニャも声を上げる。今の状況を慮ってか、イレブンを応援することに決めたようだ。周りの歓声にかき消されないぐらい強く叫ぶ姉妹に、カミュは少し面食らっていたら、

「ちょっとカミュ、あんたも応援しなさい!」
「はっ!? オレも……!?」

 ほら、とベロニカに小冊子を渡される。先ほどのようにこれを使って声をあげろということか。

「トーゼンよ。あんたの声があいつには一番効くでしょ。ほらほら!」
「ああっ、シルビアさまとハンサムさまのれんけい技ですわ…!」

 視線を戻せば、デュアルカッターによく似た技が相手方から繰り広げられていた。ハンフリーがよろけ、そしてすっかり消耗した様子のイレブンに降りかかる。

「ッイレブン! よけろ!!」

 魔物と戦うときと違ってこの大会は人間同士のやり取り、命の危険なんかもない。だから焦ることなく見守っていたのに、思わず力いっぱい叫んでしまった。そのカミュの声は届いたのかただの偶然か、イレブンはブーメラン攻撃をくぐり抜け、シルビアの元まで潜り込み、斬りかかろうとする。シルビアはふふんと笑って火吹き芸をし、その剣から逃れようとした――が、イレブンは怯まずに構わず斬りかかった。相手が吹いた炎を纏わせたそれは、かえんぎりだ。これにはさすがのシルビアも予想していなかったのか、正面からまともに食らった。

「入ったわ!」
「いきましたね!」
「……はあ、ヒヤヒヤさせるぜ」

 と言いながらほくそ笑む。確かあのかえんぎりという技は、シルビアから教わったもので、イレブンがはしゃぎながら燃える剣を見せにきたのを思い出す。習った技を使って倒すなんてやるじゃねえか、と何だかカミュが得意げな顔をしてしまった。

 気づけばハンサムの方もハンフリーにやられたのか倒れていて、会場がわあっと沸き、ベロニカがほっと溜息をつく。

「カミュ、あんたちゃんと声出せるじゃない」
「あ? …あー、まあ聞こえてはないだろうけどな」
「イレブンさまには届きましたよ、きっと! …ああでも、シルビアさまにもお疲れさまって言いたいですね…」
「…ついイレブンのこと応援しちゃったけど、シルビアさんには悪いことしちゃったかしら」
「ま、そんなことあのおっさんは気にしないだろ。じきにここに来るだろうし、そのとき労ってやればいいんじゃねえか」
「…ふふ、そうですわね」

 それから予想通りこちらの観客席にやってきたシルビアを労いつつ、買った飲み物で喉を潤しながら決勝戦が始まるのを待った。恐らく相手はあの女武闘家と謎の老人ペアだ。手強い奴らだが、イレブンなら大丈夫だろう。

 ――頑張れ、イレブン。




190829

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