胸に残る一番星 | ナノ

  ヒーラーの彼女と謎の老人


「お嬢さん、ちょっといいかな」
「はい……?」

 呼ばれて足を止めれば、老齢の男―ロウは柔和な笑みを浮かべながらそっと回復呪文を唱えた。途端に長いスカートの中で隠していた脚の痛みがなくなったのを感じて、セーニャは目を見張る。

「ロウさま、どうして気づかれたのですか…?」
「ほっほ、見ていればわかるよ」

 孤児院の地下にあったこの洞窟は思いのほか先が長そうで、自分の魔力ややくそうなどはみんなのためにとっておこう、と多少むりしていたのだが、どうやらロウにはお見通しだったようだ。

「あらやだセーニャちゃんたら、怪我していたの? 気づかなくてごめんなさいね」
「あっ、でも、軽いものでしたので…」
「もう、だからってむりしちゃだめよ?」

 本当に、言われるほどむりをしていたわけではないのだけど、シルビアに優しくめっとされて、セーニャはしゅんとする。

「ふむ、お主らには付き合わせている負い目もあるからのお。これでも回復魔法を使えるんじゃ。遠慮なく言ってくれて構わんぞ」
「まあ、ありがとうございます……!」
「アタシのリホイミは即効性がないのが難点なのよねえ……頼りにしてるわロウちゃんっ」
「ふむ」

 あの爺さんもただもんじゃなさそうだ、と彼と戦ったカミュが言っていたが、確かに身のこなしは普通の老人ではない、とこの数時間共にしただけでわかる。しかしまさか回復魔法まで覚えているとは、意外だった。武闘大会ではそのように使うことが見当たらなかったし(それだけパートナーであるマルティナが強かったからというのもあるだろうが)、基本的に魔法ではなくふしぎな武術で戦っている印象だったから。ますますロウという人物の謎は深まるが、怪しむ必要はないでしょう、とセーニャは思う。だって先ほど受けた魔法も向けられた笑みも、優しくてあたたかなものだったから、きっと大丈夫。自分を気遣ってくれた、優しい老人だ。

 それに、回復魔法なら勇者たるイレブンも使えるのだが、いかんせん彼はこのパーティにおける主力アタッカーだ。なのでセーニャが回復役に回りがちで、シルビアもサポートしてくれるのだけど追い付かないときもある。そこをロウが補ってくれるのならとてもありがたい。

「あれ? セーニャたち、どうしたのー?」
「戦闘は終わったぜ」
「先行っちゃうわよー」
「あっ今行きます〜!」

 どくどくゾンビらとの戦いが終わったらしいイレブンたちに声をかけられて、後方にいた三人で再び歩き出す。彼らは今のところ特に回復は必要なさそうで、よかった。しかし今後はどうなるかわからないし、何よりいま自分たちが探している彼女は無事だろうか。

「……ロウさま、もしかしたら今頃マルティナさまの体力も消耗しているかもしれませんし、やはりなるべく温存しておきたいですね……」
「……そうじゃの。姫なら、大丈夫だと思いたいが……」

 俯くロウの顔は神妙だ。無理もない。二人の関係がどのようなものかは知らなくても、突然いなくなってしまったマルティナのことを心配しているロウの気持ちは、痛いほどわかる。自分だって姉や仲間たちの無事が知れない状況にいたら、いてもたってもいられなくなるだろう。早く見つけられたら、そして無事であればいいのだけど。そのために自分たちはここに来ているのだ。

「……きっと大丈夫よ! 早くマルティナちゃんを見つけて、こんなじめじめしたところとはおさらばしましょ!」
「……ふふ、そうですね!」
「……ありがとう」

 思わずセーニャも暗くなってしまったが、シルビアが明るく励ましてくれた。つられて自分も、そしてロウも笑う。白いおひげを揺らしながらくしゃっと笑うその顔には、何だかホッとさせられるものがある。

「…あ、」
「どうしたんじゃ?」
「そういえば、ロウさまのべホイミ、何だかイレブンさまのものと似ていますわ」
「あら、そうなの?」
「はい、何て言えばいいんでしょうか……とても、あたたかいんです」
「……ほお」

 以前にベロニカが、あんたとイレブンのホイミって同じようで違うのよね、と言っていたのを思い出す。普段回復魔法をかける側として、誰かと比較したことなどなかったそのときは、いまいちピンとこなかった。魔力による回復量の違いは確かにある、と故郷で勉強中に習った気がするけれど。ならば似ている、と感じるのはなぜだろう。

 ふと考え込んでいると、姉の悲鳴が前方から聞こえてきたので思考が途切れた。

「も〜またクモの巣!! ちょっとイレブン、カミュ、頼んだわよ!」
「へえへえ。じゃあオレはこっち側やるから、お前はそっちな」
「うん、わかった」
「やあねえ、キリがないわね、あの巣」
「そうですね……それだけたくさんクモがいるんでしょうか?」
「げっ、やなこと言わないでちょうだい、セーニャ!」

 怒られてしまったが、この地下洞窟の至るところにクモの巣が張り巡らされているのは事実だ。そしてそれらが行く手を遮っているので、そのたびに申し訳ないけれどイレブンとカミュに頼んでいた。少し先で、二人はもはや慣れたように剣を使って切っている。層のように重なっている白い糸は、薄暗い洞窟内では少し光っているように見えて、触れなければきれいだとすら感じる。姉は同意を寄せてくれなかったけれど。

「ふたりとも、アタシも手伝うわ〜」
「あっ、そんな多くないから大丈夫だよ!」
「おっさんたちは魔物が来たら頼むぜ」

 二人の元へ向かおうとするシルビアだったが断られてしまっていた。「あら、振られちゃったわん」と肩を竦める彼女に、「気にせず任せときましょ」とベロニカが言う。

「何か楽しそうだしね、あのふたり」
「……というより、カミュさまは何やら慌てておりますが……」
「あらあら、巣が髪に引っかかったみたいねえ」

 珍しくあわあわした様子のカミュに、イレブンは少しおかしそうにしながら甲斐甲斐しく取ってあげていた。その光景にふふっと笑いながらみんなで眺めていた。


「そういえば、おじいちゃんは大丈夫? 疲れてない?」

 ふと思い出したようにベロニカがロウに声をかける。先ほどから黙ったままなので、確かにお疲れなのかもしれない。こちらの負傷には気づいて回復してくれたのに、申し訳ない。しかしロウは朗らかに笑う。

「ほっほ、大丈夫じゃ。お主らばかりに任せきりでは申し訳ないわい」
「そう? でもこの先は何があるかわかったものじゃないし、マルティナさんのことはあたしたちに任せてもいいんだからね!」

 例の事件の犯人が絡んでるのかいないのか、どんな目的で誰が行ったのか、それすらも今はまだわからないけれど、ベロニカはちっとも臆する様子がない。さすがお姉さまだわ。自分も引き締めていかなければ。

「そうね! 悪いヤツらはアタシたちがこらしめちゃうんだから!」
「……ふふ、だからご安心くださいね、ロウさま」

 セーニャもシルビアも、そしていま話の輪に加わっていないがイレブンとカミュも、みんな同じ気持ちだ。そう伝えればロウは目を丸くし、「……ありがとう。お主らに頼んでよかった」としゃがれた声で礼を言った。






190906

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