胸に残る一番星 | ナノ

  threatening


 イレブンが帰ってこない。
 

 武闘大会の予選を終えたあと、闘士が行方不明になっているとの噂を受け、カミュは酒場内を回っていた。ウソかホントか真偽は定かではなくとも、こういう情報収集に酒場はもってこいの場所である。酔った客、露店の商人、バーテンダー、軽く聞いて回ればどうにもキナ臭い事件がやはり起こっているようだった。

 狙われてるは闘士ばかり、とはいえ念のために出歩かない方がいいかもしれない。おっさんやオレらはともかくあの姉妹には言っておかねえと。
 それで宿屋に向かえば、すでに姉妹とシルビアは戻ってきていた、のだが。

「怪しい人は見てないかハンフリーに聞いてきて、って向かわせたんだけど…」
「まだ戻ってきてないんですよね…」
「おいおい…」

 昼か夜かわかりづらい町であるが、もう遅い方だろう。先ほど仕入れた情報が頭をよぎる。武闘大会参加選手を狙うなんて、よほど強いやつか、複数人による犯行であると考えるのが妥当だ。いくらイレブンとはいえ、一人ならば。

「…孤児院だったよな? オレちょっと行ってくる」
「…そうね。ここはアタシに任せて、カミュちゃんは様子を見てくれるかしら」
「おう、行ってくる」

 不安げな姉妹の肩を抱くシルビアに二人のことは任せることにして、孤児院は確かこの町の奥側にあったはず、と向かおうとすれば。

「ちょっとカミュ、ミイラ取りがミイラにならないでよねっ!」
 なんて焦ったような声がかかったので少し笑って、勝手にミイラにするなよな、とだけ返してその場を去った。
 

 グロッタの薄暗い路地とギラギラした雰囲気は、どこかデルカダールの下層を思い出させる。無作法なあらくれものどもがいるところだ。まあ富豪の家なんかも見受けられるし、何より孤児院なんていう立派なものがあるのだから、あそことは全然違うのだろうけど。あの下層街にだって、…故郷にだってそんなものはなかったのだから。

 カミュは首を振る。そんなことより、予想していたよりも大きな建物の扉は当然閉ざされていて、さてどうしたものか。

 ふと子どもの声が聞こえて振り返れば、ちびっこが二人追いかけっこをしていた。何やらハンフリーの名を口にしているということは、この孤児院の子どもか。

「なあ、ちょっと聞いていいか」
「? なあに?」
「お兄ちゃん誰?」

 しゃがんで目線を合わせれば、男の子も女の子も特に警戒することなく口をきいてくれた。

「さっき、もしくは何時間か前に、イレ……いや、ハンフリーの……」

 個人名を出したところでわかるとは思わず、かといって今度の大会のハンフリーのパートナー、といったところでこのちびっこたちはわかるのだろうか。

「えと、ああそうだ、サラサラヘアーで、茶髪の兄ちゃんがこっち、来なかったか? ハンフリーと話してたんじゃないかと思うんだけど」
「んー……ああ! うん! 来てたよ! ハンフリー兄ちゃんと話してた!」
「あのひと、お兄ちゃんのお友達?」
「とも……」

 まんまるな目に見つめられ、すこしたじろいでしまった。友達。イレブンの方は、何故だかそう思ってくれているようだが。カミュの方はどうかというと、それを素直に受け取るにはまだ、むず痒さと後ろめたさがある。しかしそんな複雑な心境など、この場においてはどうでもいいことだ。目の前の子どもらに伝わりやすい言葉でわかりやすい関係性、それでいい。

「……ああ、うん、そうだな。オレの友達なんだ。なかなか帰ってこないから、心配になってな」

 もしあの中にいるんなら呼んできてくれないか、と言おうとしたところで、何やら騒がしい音が孤児院から聞こえた。すぐさま視線をやれば、…外観には異常ない。ならば中の方で何かあったということか。

「ど、どうかしたのかな…」
 異様な雰囲気を感じ取ったのだろう、子どもらが震えだす。もしも例の事件の犯人が現れたのならば、今すぐにでも駆け寄って確かめたい。しかし、この状況でこの子らを放っておくのも気が咎める、というか危険だろう。どうするか。

「お、お兄ちゃん、ちょっと一緒に、中を見に行かない?」
「…いいのか?」
「うん、お願い……みんなが、心配だよ……」

 うるうるした瞳と、ぎゅうと握られた手。わかった、とうなずく。「おまえら、オレのそばから離れないようにな」そう言えばふたりはぴたりとくっついてきた。幼い体温に色んなものを思い出すのを振り切って、孤児院の扉の前まで行き、押そうとした、が。

「…開かねえ」
「あれ? ねえ、誰かいないの?」
「…ん? なに? 誰かいるの?」

 カミュの代わりに子どもたちが扉をたたけば、中から反応があった。

「あっ、ねえ、僕たちだよ、開けてよー!」
「わ、わかった!」

 ゆっくりと扉が開かれ、中を見ればそこは教会の造りになっていて、数人の子どもたちが身を寄せ合っていた。荒らされた様子はパッと見なければ、大人がいる様子もなかった。本当に何があったんだ、というカミュの疑問をそのまま子どもが口にする。

「ねえ何かあったの?」
「それがたいへんなんだよ!」

 状況が聞けると思って黙っていたが、子どもはそこでカミュの存在に気付いたらしく、びくっとされてしまった。まあ、この状況で現れる第三者など、不審極まりないだろう。

「そのひと、誰…?」
「あー、オレはな…」
「えっと、さっき来てたお兄ちゃんのお友達なんだって」
「イレブン兄ちゃんの…?」

 またしても説明に困っていたら、代わりに答えてくれた。すると引き出された名前に反応せざるをえない。

「イレブンのこと知ってるのか? 今どこにいるかわかるか?」
「え、えっと……ハンフリー兄ちゃんの部屋だと思うけど……」
「ハンフリーの…?」

 まるで状況が掴めない。これはもう、話を聞く前にそのまま案内してもらった方が早いのではないかと思えてきた。怯えさせてしまうかもしれないが、何かがあってからでは遅いのだ。そうそうあいつが簡単にやられるわけはないと信じていても。

「なあ、」
「えっ、カミュ…? どうしてここに…!?」
「ッイレブン…!?」

 そこまで連れていってもらえないか、と子どもらに頼もうとしたら、いままさに探していたイレブンが奥からひょっこり現れた。後ろには屈強そうな男を連れて。

「誰だ? イレブンの知り合いか?」
「あ、はい。僕の仲間です。カミュ、どうしたの?」
「…どうしたもこうしたも、お前の帰りが遅いから心配したんじゃねえか」

 傷一つない姿に安堵するものの、逆に何故ここにいるのかときょとんとした顔で問われれば、少しむうっとする。こちらの気も知らないで。

「あっ、ご、ごめんね心配かけて!」
「…無事ならよかったけどよ。それで? 何があったんだ?」
「えーっと…ハンフリーさん、話しても大丈夫ですか…?」
「…ま、イレブンの仲間なら大丈夫だろう」

 じゃあオレはちょっと子どもたちを寝かしつけてくるな、とハンフリーは子どもらを引き連れてまた奥の方へと戻っていった。途端に室内がしんとする。

「えっと、とりあえず座る?」
「そうするか」

 長椅子に座り、これまでの話をイレブンから手短に聞く。ハンフリーの様子を見にこの孤児院へやってきて、気に入られたのか何なのか長いこと話し込んでいたらしい。そこで物音が聞こえたというハンフリーについていけば、何者かにハンフリーの部屋が荒らされていた、と。

「ふうん、賊、ね…」
「うん…例の事件と関係あるかはわからないけど、物騒だよね…」
「先に言っておくが、オレがやったんじゃないぜ」
「? うん」

 何を当たり前のことを? というような目で見られてしまった。半分は本気だったのに、勇者さまときたらカミュが元盗賊であるということをすっかり忘れてしまっているようだ。まあ、かくいう自分もそうなのだけれど。例えば大会優勝賞品を、参加して勝ち抜くという正攻法なんかではなく、盗んでやろうと思わないあたり。
 しかし盗賊業から離れて久しいカミュでも、あんな外からもわかるほどの大きな音を立てて盗みに入るなど、犯人はやり口が甘くないだろうかと思う。慣れていないのか、よほどなりふり構っていられなかったのだろうか。

「それでねカミュ、もう遅いから泊まっていかないかってハンフリーさんに誘われてるんだ」
「ハンフリーに…? おいおい、さすがにやめといた方がいいんじゃないか」

 なぜ彼はそんな誘いをしてきたのだろう。本当に賊に入られたというなら、そんなことがあったあとにふつう客人を泊めようとなるものだろうか。

「でも…」
「何だよ」
「子どもたちも、まだ不安げだから…」

 あのね、この孤児院はハンフリーさんが一人で支えてるんだって。武闘大会の賞金でやりくりしてるから、絶対負けられないんだって言ってた。子どもたちのことすごく大切にしてて、あの子たちからも慕われてて……でも泥棒に入られたってみんな怯えちゃってるんだよ。

「だから、僕がいて助けになるかはわからないけど、いてあげたいんだ」

 なるほど、そんな話を知ってしまったら、元来お人好しのこの勇者さまが心動かされないはずもなく、出来ることなら力になりたいと思ったようだった。

「お前らしいな」
「…お兄ちゃん、って呼ぶんだよ、あの子たち、僕のこと」
「え?」

 苦笑しながら膝の上で組まれたイレブンの手は、ここが聖堂であるせいか、まるで何か祈っているように見受けられた。

「マノロ……村の男の子のこと、思い出しちゃった」
「……そうか」

 ここで孤児たちと接していて色々と思うことが、思い出すことがあったのだろう。あえて深くは突っ込まなかった。互いに踏み入れられない領域というものがあるのだ。オレにも、お前にも。

「わかった。あいつらにはそう話しとくさ」
「ありがとう…。みんなには、勝手してごめんって明日謝るよ」
「ああ。ただし無茶はするなよ、”お兄ちゃん”?」
「…ふふ、カミュが言うと似合わないなあ」

 しゅんとしている頭をがしがしと撫でながら、おどけたようにそう呼べばイレブンは薄く笑ってみせた。
 
「イレブン、話は終わったか?」
「あ、はい」
「そうか。実は子どもたちがな、お前の旅の話を聞きたいってぐずってるんだ。悪いが聞かせてやってくれないか?」
「僕の……? わ、わかりました! じゃあカミュ、明日ね! おやすみ!」
「おう、ちゃんと休めよ」

 すっと再び奥から現れたハンフリーに頼まれ、別にそこまで慌てる必要はないだろうにイレブンは駆け足で去っていった。さて、と。宿に戻る前に一つだけ、やっておかなければならないことがある。

「あんたはもう帰るのか?」
「ああ、でもその前にちっと聞きたいことがあるんだが」
「うん?」
「最近闘士ばかりが連れ去られている事件のこと、あんた知っているか?」
「ああ、知っているさ。犯人はオレの部屋に入った賊と同一人物かもしれん」
「それは、どうかはわからねえし」

 フードを被り、すっと立ち上がる。さすがは前大会チャンピオン、むきむきに鍛えられた身体と向き合えば、細身の自分との体格差が浮き彫りになるようで、しかしカミュは少しも怯まなかった。

「正直、あんたのことはどうなろうとも知らねえが、イレブンはオレたちの大事な…仲間なんだ」

 勇者、ということばは使えないので、あいつの特別性は伝わらない。イレブン曰くこの孤児院を大切にしているらしい目の前の男の良心には、響くだろうか。いや、別にこちらの思いなど理解できなくてもいい。ただ、

「もしあいつに何かあったらただじゃおかねえからな」

 睨みをきかせ牽制しておく。信用できるかまだわからないが、少なくともイレブンの方は警戒してる様子はない。そこにつけこむようであれば容赦しない。…などと、カミュが言えた義理でもないかもしれないけれど。

「……もちろんだ。オレにとってもイレブンは相棒で、客人だからな」
「……頼んだぜ」

 もう用はないので扉へ向かうと、「あっお兄ちゃんまたねー!」と声を投げられた。振り返ればさきほどの子どもらが手を振っていて、少し呆気にとられた後に手を振りかえし、出ていった。

 
 外から改めて孤児院を見上げれば、やはり立派な建物だ。あの子らは無邪気に遊んで育ち、飢えることも凍えることも誰かにこき使われることもないのだろう。それはとても、いいことだ。カミュがちらっと見ただけでもけっこうな数のあの孤児たちをまとめて面倒見ているのなら、ハンフリーはこちらが思うよりもよほど出来た人間なのかもしれない。そう考えると、事件のことがあるからピリピリしていたのは仕方ないとはいえ、ああいう態度をとっちまって悪かったな。イレブンが世話になった礼を今度しとくか。なんて思いながら、すっかり人気のなくなった路地を歩いた。




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