胸に残る一番星 | ナノ

  おやつは300Gまでよ


「あーあ、あたしも参加すればよかった」

 ネルセンの宿屋以来のベッドに腰掛けながら、長い髪を拭く。お風呂に入れば多少はさっぱりしたが、思い出せばまた腹が立ってきた。というのも隣に座っているセーニャが、部屋に置いてあった武闘大会の冊子を開いたからだ。傍から覗きこめば参加選手一覧に例の男が目に入り、ベロニカは思いっきり、むうっと頬を膨らませた。

 黒い覆面を被った筋肉ダルマのその男は、大会で組む相手の抽選会が終わったあと、横柄な態度で絡んできた(あっちからぶつかってきたくせに!)。それだけではなく、横から前チャンピオンという男が現れるや否や、心にもない謝罪をしてきたのだ(へこへこしちゃって!)。その手のひら返しの姿勢が、ベロニカはまったくもって気に食わなかった。
 
 この姿になってから、誰かにナメられるのは今に始まったことではないけれど。やろうと思えば、どんな相手だって対等に戦えるし、魔法でぶっ放してやるのに。悔しい。

「あの男にぎゃふんと言わせたいものだわ!」
「あくまで武闘大会ですから、私たちでは難しいですわ、お姉さま……」

 冊子をぺらぺらめくりながらセーニャが言う。そう、仮面をつけるという特異性はあるものの、この大会は己の身体と武器を使って戦うのである。優勝賞品が探し求めていたあの虹色の枝ということもあって、何が何でもゆーしょーしなければならない。そのためにも自分たち姉妹も参加したかったのだが、さすがに厳しいだろうと断念したのだ。それはもう、得意分野の違い、適材適所というやつだ。今さらぐだぐだ言ったところで仕方ない。

「……わかってるわよ。そのぶん、イレブンとカミュには頑張ってもらわなきゃね」
 とはいえ、見るからにしょげてたイレブンはちゃんとやれるのかしら。
 

 我らが勇者さまは、どこかの誰かのように人によって露骨に態度を変えたりはしないし、長いものに巻かれろ思考でもない。――がしかし、いつも隣にいる相棒にはめっぽう弱いのである。
 

「はあ…カミュと組みたかったなあ……」

 明日から始まる大会に向けて英気を養おう、ということで今晩は豪勢に肉料理を食べに行った。分厚いステーキを頬張りながらも、イレブンの顔は暗かった。抽選会のあとからずっとこうである。

「あんたの相棒はチャンピオンなんでしょ? カミュと組むより勝率はぐんと上がるじゃない」
「…おい、ベロニカお前な…」
「うーん…でも確かにね、実際どんなルールの中で試合を勝ち抜いてきたのか、大会を熟知してるハンフリーちゃんがパートナーというのは心強いと思うわ」
「そうそう、シルビアさんの言う通りよ」
「そうだけどさ……でも強いからって、あの人と一緒にちゃんと戦えるかな、僕……」

 ごくんと水を煽り、はあと重いため息をつく。まったくの初対面の他人と組んで戦い、勝ち進まなければならないという不安やプレッシャーがあるようだ。その点、気心が知れたカミュと組みたかった、と思う気持ちはわからないでもない。だからって、ここでへこたれてしまっては困るけれど。追いかけ続けた虹色の枝を、ようやくゲットするチャンスなのだ。

「お前なら出来るさ。ほら、オレの分やるから肉食え」
「イレブンさま…お気持ちはわかりますが……私、声を上げて応援しますので!」
「大丈夫よイレブンちゃん! 町の人たちの話だと、ハンフリーちゃんってとってもいい人みたいだし」
「いざとなったらあたしが相手に攻撃魔法かましてあげるわよ! …なーんてね」
「……ふふ。…うん、ごめんねみんな。ありがとう」

 カミュがお肉を切り分けて差し出したり、セーニャとシルビアが励ますように言葉をかけたり、ベロニカが冗談半分でそんなことを言えば、ようやくイレブンは笑って見せた。その顔にみんなでホッとする。まったく、豪胆なときもあれば繊細な面もある勇者さまは、これだから放っておけない。なんて思いながら付け合わせのポテトをかじった。

「いよいよあと一歩だし、頑張ろうね、カミュ」
「おう、絶対に優勝しなきゃならねえんだ。いっちょ気合いいれていこうぜ!」
「だね!」
「…ああ、それから」

 カミュがニヤッと笑って耳打ちするのが見えた。別に見たくてそうしているのではなく、テーブルの向かい側に座る彼らは嫌でも視界に入るのだ。「あっ」と声を上げるイレブン。何だ忘れてたのか? 忘れてないよ! なんて問答を交わし、密やかに笑い合うふたりが。

「ついでに、新技と特訓の成果も、見せてくれよな」
「…うん!」
 

 ――とそこまで思い出して、別に心配はいらないわね、とベロニカは思い直した。何だかんだイレブンはやるときはやる男なことは知っている。ホムスビ山地の地下迷宮で仲間になったあのときから、ここまで 一緒にやってきたのだから。それに、相棒もいることだし。……大会で組む相手、という意ではなく。

 それにしてもあのふたり、すっかり元通り、いいえ雨降って地固まる、ってやつかしら。この地方に来るまでの船旅中に、やっかいな喧嘩をしていたことがウソのようだ。

「そういえば、シルビアさまは大会に出場されるのでしょうか?」
「どうかしらね。調子は元に戻ったみたいだけど…」

 大会予選が始まる前は何やら元気がなさそうに見えたシルビアだったが、夕食をとる頃にはすっかりいつも通りになっていた。それはともかく、戦力として申し分ない彼女が参加するなら心強い。しかし尋ねても「うふふ、ナイショ〜!」で済まされてしまった。頼もしくも掴めない人である。

「ていうかむしろ、あたしとしてはカミュの方が不安になってきたわ……」

 そんなシルビアよりも、うだうだしていたイレブンよりも、抽選結果に特に文句は言わずに前向きだったカミュの方が今は気がかりだ。果たしてあの男こそ“相棒”以外の者と組んで戦えるものだろうか。イレブン以外の誰かとふたりでれんけい技もできない男が。

「大丈夫ですよ、きっと」
「そうだといいけどね…」
「私たちは見物するだけというのも心苦しいですが…、サマディーのときみたいに、めいっぱい応援しましょう!」

 ぎゅっと握りこぶしを作るセーニャはどこか楽しげに意気込んでいたので、ベロニカもそうね、と一息つく。つい考えすぎてしまうきらいが自分にはあって、呑気な妹には良くも悪くも肩の力が抜ける。まあ、いい方向へ向かうように祈っておこうか。

「ところでお姉さま、この冊子に乗っている応援グッズは買うべきでしょうか? あと観戦用フードもあるみたいですわ!」
「……やめときなさい」






190707

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