胸に残る一番星 | ナノ

  それゆけレディ・マッシブ


 この町に訪れて、ずいぶんと久しぶりに旧友の顔を見た。
 もちろん記憶の中にある彼はもっと幼くかわいらしいものだが、あれから十数年、成長していればあのように立派なっているだろうという想像がそのままかたちになったようだった。町の真ん中にそびえ立つあの大きな彫像が、旧友の功績を讃えられて造られたものならば、なおさらシルビアは嬉しかった。

「カミュ、あの銅像って……!」
「……ああ。チッ、ここでもグレイグが英雄扱いされてるってワケか。まったくむなくそ悪いぜ」

 ――隣を歩くあの子たちには、とても言えないけれど。



 ユグノア地方、グロッタの町。ここはサマディーの熱気ともダーハルーネの活気ともまた違う、エネルギッシュな空気が流れていた。それもそのはず、もうすぐこの町ではもうすぐ仮面武闘大会なるものが開かれるというのだ。そしてその優勝賞品が、自分たち一行が目下追い求めていた虹色の枝であった。

「これが、虹色の枝なんだ……」
「まあ〜〜とってもキラキラしているわね……!」
「噂通りね」
「とてもきれいですわ……」

 ケースの中からキラキラと光を放つそれをまじまじと眺めていたら、「お前らちょっと騒ぎすぎだぞ……」とカミュが諌めてきたのと、「あの〜すみません、他の方の邪魔になりますので……」と受付から注意されたのはほぼ同時であった。怪しまれてもいけないので、そそくさと退散する。

 
 当然、優勝を目指して武闘大会に参加することになった。さっそく受付でエントリーし、イレブンとカミュは抽選会があるという三階へと向かっていった。

「あれ、シルビアさん、行かないの?」
「どうかされたんですか?」
「……アタシはあとから向かうから、ふたりは先に行っててくれる?」
「……わかったわ」

 それから観客席へと向かう双子ちゃんも見送って、シルビアは一人、こっそりと大会に申し込んだ。参加するのは楽しそうであるし、イレブンたちには内緒にしてたらいいサプライズになるのではないかと目論見中である。
 ……そうしてウキウキするこころとは別に、この町に来たときに感じた胸のつかえが未だとれないでいることに、シルビアはどこかモヤモヤしていた。
 エントリーを済ませ、入口周辺の壁にもたれながら、虹色の枝をぼんやりと眺める。サマディー国王がレースの資金のために売り払ったというあれが、巡り巡ってこの町の大会の賞品になっているとは、何とも奇妙なものだ。
 自然と、サマディーで初めてイレブンたちと出会ったときを思い出す。


 大空に、常に当たり前のように浮かんでいるあの命の大樹に、まだ幼さすら残る男女四人が目指していると聞いたとき。まるで初めてサーカスの芸を見たときのように、こころが躍ったのだ。この子たちについていけば、良くも悪くも世界が広がっていく。そしてその先にはきっとアタシの夢もある、そんな予感がした。
 まさか自分と少なからず縁があるデルカダールが、イレブンに汚名を着せて追いかけまわしてるなんて、そのときは思いもよらなかった。しかしダーハルーネでデルカダール将軍らと戦い、その後にカミュたちからそれまでの話を聞いた。
 許せない、という気持ち。今でもどこか信じられない、信じたくない、という気持ち。相反するそれらを、決して表面には出さないでいながらもシルビアは持て余していた。

 ねえ、ホメロスちゃんと戦ったように、いつかあなたとも対峙しなければいけないのかしら。――グレイグ。


「……シルビア?」
「……あら、イレブンちゃん、カミュちゃんも。どうしたの?」

 次から次へと闘技場へ向かっていく闘士たちを見ながら思考に沈んでいれば、同じく向かったはずのふたりがひょっこりと現われた。

「えっと、ちょっとトイレに……」
「こいつが緊張して行きたくなったって言うんでな」
「ああっカミュ、バラさないでよ……!」
「ふふ、なるほどね。確かお手洗いはあっちよん」

 まだ大会が始まったわけでもないのにそわそわと緊張している様子が初々しくて、くすりと笑う。そういえばサマディーでのレースのときも、あのときはイレブンだとは知らなかったけれど、隣のレーンの王子様は馬上で震えていた気がする。今度はカブトではなく仮面を被り、誰の替え玉でもなくイレブン本人として出場し、戦う姿が見られるのかと思うと、やはり楽しみだ。

「あ、うん……」
「……? 行かねえのか?」
「……どうかしたの、イレブンちゃん?」

 シルビアが指さした先に視線だけやって、この場を動こうとはしないイレブンに隣のカミュも首をかしげる。何やら逡巡しているイレブンに、再度問いかける。

「ねえシルビア、何かあった?」
「え?」

 何かあったのだろうか、と思えばまったく同じことを逆に聞き返されてしまった。受付でもらった仮面を握りしめながら目を伏せるイレブンが、おずおずと口を開く。慎重に言葉を探しているのだろう、そういう子なのだということは短い付き合いですっかり知っている。

「何だか、かなしそうな顔してたから……」

 そういう彼の方がどこか傷ついたような顔をしていて、シルビアは二重に驚いた。先ほど憂いに沈んでいた自分を見られてしまったのか。これはシルビアとしてはとんだ失態である。

「やだ、アタシったらそんな顔してた? 何でもないわよ〜! さっきからガタイが素敵な闘士ちゃんたちばかり見かけるから、イレブンちゃんは大丈夫かしらんってちょっと心配になっただけ!」
「そ、そうなの? 確かに、みんな強そうだけど……」

 慌てて取り繕えば素直なイレブンはそのまま受け取ってくれた。嘘、というほどでもないが本心でもないことを口にしてしまった。どんな屈強な相手でもこの子は屈せずに勝ち進めるだろうと、自分を含めた仲間の誰もが信じてるというのに。

「ふふ、でもきっと杞憂よね、イレブンちゃんなら」
「……うん、頑張るよ。シルビアに鍛えてもらったしね!」
「……ええ、そうね」

 それじゃあトイレ行ってくる、と小走りで向かっていった背中を見送り、ふうとため息をつきそうになったのをこらえる。先ほどから会話に入らず黙ったままだったカミュが、両腕を組みながらじっとしていたからだ。

「……あら? カミュちゃんは行かないの?」
「あー、オレは別に行きたかったわけじゃないしな。それよりおっさん、実際のところ、何かあったのか?」
「……!」

 まさかカミュの方からも言及があるとは思ってもみなかった。そのように問いかけるということは、イレブンへの返答に納得いかなかったのか。しかしそのことを責めるわけでもなく、からかってるわけでもなく、ただ静かに問う姿勢に再びドギマギする。

「もう、何でもないわよ〜!」
「……ふーん?」
「カミュちゃんまで心配してくれるなんて、アタシもようやく仲間として認められたのかしらん。嬉しいわあ」
「そりゃ、まあ、な。あんたには世話になってるしな」

 いろいろと、と小さく呟かれ、またしても驚いてしまった。だって自分が仲間になると言ったときにはあんなに反対していて、それからも何かと突っかかってきたのに。いや、目立つようなマネはしないでほしいとか、過剰なほどに人目を気にしていた理由も今ならわかるが。ともかく、そんなカミュが本当に自分を心配しているとは、軽口でかわそうとした自分が恥ずかしくなってしまう。そういえば彼は船旅中、タダ乗りはできねえと言って炊事や掃除を率先してやるような、義理堅い男なのだった。

「イレブンもだが、双子も気にかけてたぜ。様子がおかしかったって」
「えっ」

 そんなにもわかりやすいほどだったのか、とシルビアは内省する。そんなに大事でもないのに。何故デルカダールが勇者を悪者として追うのか、その事態が飲み込めないままどう立ち向かったらいいものか、いちばん悩んでいるのはあの子たちだろうに。

「オレも、らしくねえおっさん見るのも調子狂うしな。まあ、何かあったなら、相談ぐらい乗るぜ」
「……ふふふ、ありがとうね」

 ふと気づけば、胸の重石がなくなったような気がした。大きな建物の中にあるこの町では風が吹くことはないのに、どこか爽やかな気持ちで満たされる。ついでに思い出したことが、ひとつ。船内で彼から聞いた話だ。

「ねえカミュちゃん、真実は自分の目で見極めるしかないって、イレブンちゃんのおじいちゃんはそう言っていたのよね」
「あ? 何だよ急に。……まあ、そうだな。言ってたっつーか、そう手紙に書いてあったんだよ」
「……そうよね。真実は自分で確かめて、掴むしかないのよね」
「……そうだな」

 ふっと遠い目をするカミュも、自分と同じく何かを隠し言えないままでいるのだろう。それでも諦めないと、壁越しでも話すことを恐れないをイレブンはハッキリと告げていた。その気持ちが確かに届いた瞬間を、陰から見ていたのに。
 そうだ、何を弱気になっているのだろう。イレブンにはあんなことを言ったくせして、自分が出来ないでいるなんてちゃんちゃらおかしい。

 イレブンたちを信じてるから、彼らの側に立って、力になりたい。例えこの先、旧友と剣を交えることがあっても、相手が聞く耳を持たなかったとしても、ぶつかってみようか。信じることを恐れないでいたいから。自分の夢と信念も、イレブンたちの優しさと目指す道も、故郷で共に学んだ騎士道も、みんなで笑い合う未来も。


「……よおし! それじゃあアタシは行くわね、カミュちゃん」
「お、おう」
「ああそうだ、イレブンちゃんにサプライズを用意してるから楽しみにしててって言っておいて!」
「……おいおい、頼むから変なことはするなよ」
「あらやだ、アタシはいつだってみんなを笑顔にすることしか考えてないわよん♪」

 そうウインクを飛ばしながら言えば、カミュは呆れたように、しかし笑って肩をすくめた。


 さて、千里の道も一歩から。まずはこの武闘会場を沸かせてみましょうか!

 シルビアは意気揚揚と、三階へと上がっていった。






190627

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