刃
暖かな木漏れ日が差し込む書斎に、小さな寝息が谺する。 張韻が竹簡を片手に、眠りこけていた。 つい先日戦場から帰ったばかりで、疲れているのだろうか、張皖が歩み寄って顔を覗き込んでも、一行に起きる気配が無い。
「風邪をひくぞ」
声をかけ、やっとぼんやりと目を開けた。
「公徳兄……いつからここに?」
マヌケな声を上げつつ、韻は目を擦る。
「今、来た。お前らしくない、無防備な馬鹿面だな」
「な……何だと?!」
言いながら韻は飛び起き、皖を睨む。 だが、いつもの迫力が無い。
「疲れているようだな。赦す。休め」
皖は韻の正面に腰を下ろし、転がっていた竹簡を拾い上げた。 史書か、珍しい。
「公徳兄に赦されんでも休んでる。今回は少し……疲れた」
韻は座り直し、皖から竹簡を受け取った。
「本当、お前らしくないな。無理はするなよ」
明るい窓の外へと視線を移した韻は、深く溜息を吐く。
「公徳兄、何故私を助けるんだ。何度も、何度も……義妹にしてまで」
「救える命が目の前に転がっていれば助けるだろう。お前と同じだ」
「そうか?」
「何故だ?」
不思議そうな顔をする皖に、韻はニヤリと片頬で笑う。
「お前は建て前が下手だな。政治家失格ではないか。……だが、別に良いんだ。あくまでも私はお前の剣であり、楯であれば良いのだから」
「……紅藍」
「何だ?」
「楯にはなるな。剣であれば、それで良い。その刃に、迷いは不要ぞ」
「上等だ。それで、次に刃を振るうのはいつになるんだ? やはり戦場に立っている方が気も紛れるようだ」
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