幸か不幸か

「あんたは何で、張皖に仕えているんだ」

 男の質問は唐突だった。
 張韻はふらっと酒場へ向かう途中声を掛けられ、振り返ったらこうだ。
 身なりからすれば放浪者だろうか。
 髪には白い物のが多く、歳もとっているように見える。

「何でそんな事答えなきゃならない。私が何処で何をしようと、関係無いだろう」

「そうだ、関係無い。ただの好奇心だ。何故あんたは張皖に仕えているんだ」

 韻は眉根を寄せる。
 何故この男はそんな事聞きたがるのだろう。

「命の恩人に、恩を返している。答えはそれで構わないか」

 男は首を横に振り、隙間のある歯を剥き出しにしながら笑った。

「恩人か。それはそれで構わんだろう。だが真実はそうではない。……信頼は、愛が深まった形だそうだ。果たして、お前はどうなのかね」

「回りくどいのは嫌いだ。はっきり言いたい事を言え。しかし、剣の錆になる覚悟はあるのだろうな」

 人が多い場所である為、韻は剣に手を掛けただけでまだ抜刀はしない。
 男は気にも止めず、足を動かしだした。

「誰もが気付いている事だが、誰もが見て見ぬふりをしている。不幸な人間だな」

 すれ違い様に、捨て台詞のように男は韻の耳元で呟いた。
 韻は剣から手を離し、溜息を吐く。

「不幸だとは思っとらんよ。むしろ、私は幸せ者だと思っているくらいさ……」

 酒場に行くのは止めた。
 韻の足は、来た道を戻っていく。

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