眼前で広がる敵の方陣を眺めつ、張韻は手早く前後左右の部隊に指示を出す。
 当の本人は本陣ではなく、弩兵のすぐ背後に構えている。
 わざわざ敵に見えるよう、一際大きな旗を身近に置き、自らも弓矢を握った。

 一閃の稲光と、直後に天地大地を震わせる轟音が響く。
 その霹靂を合図とし、戦端は開かれた。

 まずは弩兵が斜めに矢を番え、矢衾の雨を降らせる。
 左右に展開した騎馬隊も、敵を囲むように動きつ矢を放つ。
 極北で異民族と戦い、その中で鍛えられた張韻が教え込んだ戦術である。
 だが、敵も手の内を知っている相手。
 大きな盾で矢を防ぎつ、騎馬隊に囲まれぬよう、陣形を応変に変化させて見せる。
 「面白い」と張韻の呟きは、戦場の喧騒に飲まれて行った。
 あくまでも、許衍の部隊は先鋒隊。
 これから本陣が来るとなると、あまり遊んでなどおれぬ事くらい理解している。

 張韻は矢を番え、一息の後に放った。
 矢は戦場を一直線に飛び、敵の中心で指揮とる許衍の兜に命中した。
 ただ、かなりの距離がある為、貫通する程の威力は無い。
 それでも普通ならば真っ直ぐに射った矢など、途中で力を失い、落ちているであろう距離だった。
 矢には、文が括り付けられている。

『何故降ったのか』

 許衍は文を読み、一瞬思考が停止したように固まった。
 だが、すぐに近くの者を呼び、急いで筆を走らせた。
 そして張韻と同じように、矢を射る。
 矢文は、張韻のすぐ脇の旗に当たり、静かに落ちた。

『今、魁には守るべき物、信ずるに値する物が無い』

 ふむ、と張韻は首を傾げた。
 許衍は生粋の魁人だと思っていた。
 魁の誰かの為に戦って来た熱意が、今ではぱっと消えてしまったようだ。
 理解は張韻にも痛い程解る。
 だが、感傷に浸っている暇は無い。

『戻ってこないか』

 張韻は筆を走らせ、矢を放つ。
 勿論、帰って来る答えは解っているが。

『これ以上の問答は不要なり』

 張韻は一瞥しただけで文を脇に除け、新たに筆を握る。

『寝返りの沙汰、この張紅藍しかと受け取った。しかるべき天の時あらば、追って沙汰する』

 その一文が書かれた矢文は、許衍では無い場所目掛けて飛んで行った。


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