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矢の雨が収まりかけた頃、中央に控えていた歩兵が銅鑼の音を合図に、ゆっくりと前進を始める。 両翼の騎馬部隊も呼応し、じりじりと敵部隊を押し返す。 兵の数からして、明らかに両軍とも手を抜いているのは明白で、損害は出ぬまま軍を引いた。 許衍は時間稼ぎの為に戦いを長引かせたようだが、張韻には別の考えがあるようだ。
「太守様、篝火が見えます」
城内に撤退し、門を堅く閉ざした後、張韻は城壁に登った。 夜の帳が下りる頃ではあるが、暮れなずむ黄昏を背にして、乕の本陣が到着する様子が伺える。
「敵の大将は確か……あー、賀漣(ガレン)か」
張韻は目を細め、蟀谷(こめかみ)辺りを指で軽く叩きながら敵影を眺めた。 相手はこちらの絶対的な兵力を知っているらしい。 斥候の話によれば、数は十五万程。 ずいぶんと大掛かりな遠征である。 敵将賀漣は、昔何度か戦場で顔を合わせた事がある。 だが、その頃には大軍を率いれるような人間では無いような印象を受けた。今は参謀に頭が切れる者が付いているらしい。 しからば、その奇知を逆に利用させてもらおう。
「許衍はどうしているかな。魁出身の人間は十五万の何割いるかな……」
張韻はうわごとのように呟きながら、城壁の階段を下った。
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