暫くして、やはり雨が落ちて来たが、雫は渇いた大地にみるみる吸い込まれ、すぐ止んだ。

 城壁から三丁(327m強)程離れ、左右の翼が大きく開かれた。
 多少の雨のおかげで、砂塵が舞う事が無くなり、視界が良くなったのは有り難い。
 騎馬隊が形作る鶴翼の、中央から少し後退した場所に歩兵、そしてその後ろには弩兵を配置。さらにその後ろに本陣が控えている。

 じっとりと、重苦しい風が一陣、部隊の合間を吹き抜けた。

 張韻は敵の陣形が調うのを馬上から悠々と眺めている。
 赴任した当初は、敵が乱れている隙を突くべしと散々言われ続けたが、今では誰も言わなくなった。
 張韻の戦に対する美学がそこにはある。
 知らない者が見れば、ただの傲慢か、連勝故の慢心かと思うかも知れない。
 陣が調った後に、大将たる張韻は自ら出向き、名乗りを上げる。


「我は往東将軍、張紅藍なり。敵将、名乗りを上げぇい!」

 古いやり方だ。
 今では名乗りを上げるような戦など稀である。
 だが、張韻はそれを止めない。

「我は乕(コ)軍前将軍、許子珪(キョ シケイ)なり。張将軍、戦況は明らかに魁(カイ)軍不利。早々に降伏されたし」

 黒い馬に跨り、長巻きを携えた大柄の将がずいっと前に出た。
 昔、共に戦場にあったままの姿で、敵である事が嘘のように感じる。

「許衍(エン)殿、貴方には私がどのような人間かお解りでしょう。無駄な降伏勧告など、おやめなさい」

 張韻は言いながら許衍に背を向け、本陣へと馬を進めた。


 両軍ついに相対し、正に火ぶたは切って落とされようとしている。
 その戦端は、一条の天の声によって開かれた――


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