「貴奴らの塒は何処か、見当くらいついておろう?」

 「は?」と首を傾げながらも、蔡盈は一つの場所を指差した。
 報告のあった村よりも、張韻の部隊が駐屯している場所に近い。
 それならば……。

「貴奴ら、塒を襲われたら如何すると思うね?」

 蔡盈は柳眉を寄せて俯く。
 何か考えているようだが、流石に心中を読める力が備わっているわけではない。
 一つ、二つと瞬きした後、蔡盈は口を開いた。

「塒には家族がおりましょう。家族を養う為に賊をしておるのでしょう。守るべき者あらば……」

 こくり、と頷く蔡盈を見、張韻はニヤリと口元だけで笑った。

「決まりだな。一時半の後、出陣する!」



「紅藍殿、囲魏救趙と言う計をご存知だったのですね」

 轡を並べる蔡盈は、嬉々として張韻を見遣った。

「なんだ、それ?」

 張韻は真っ直ぐ前を向いている為蔡盈の表情は伺えないが、大方驚いた顔をしながら首を捻っている事だろう。

「敵がある場所へ向かって進軍していて、その軍を止めたい、もしくは撃破したい場合、その軍を追ったり行く手を阻むのではなく、相手の背後にある弱みを突く。すると慌てて戻って来るから撃破しやすくなります」

「慌てて戻って来ないかも知れんよ」

 張韻が言い返すと、蔡盈は黙りこくってしまった。
 やれやれ、と張韻は内心苦笑する。

 戦場の経験が無い為か、考え方が真っ直ぐ過ぎる。
 応用がきかない所為で、簡単に裏をかける事だろう。
 このままでは役に立たない。
 思うに、張皖はこの軍師の卵を鍛える為に張韻の元へ寄越したのだろう。
 場数を踏ませろと、張皖の声を聞いた気がした。
 それにはまず、体力を付けさせねばなるまい、と張韻は視線を蔡盈に向ける。
 そこには、もう顔色が悪くなり始めた蔡盈の姿があった。

「休んでいる暇はない。休みたければ一人で残れ」

 張韻が冷たく言い放つと、蔡盈から弱々しく「平気です」と返ってきた。
 やれやれ、と内心首を振った張韻だが、甘やかすつもりもなく、容赦無く馬を進める。


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