一時程進むと、盗賊どもの塒にしている砦が微かに視界に入ってきた。

「陣を敷く。砦の様子は如何か」

 張韻は馬を停め、後ろを振り返る。

「砦内部は静かなものです。女子供、老人の姿は見えますが、案の定、戦えそうな人間は見当たりません」

 馬上で報告を聞きながら、張韻は蔡盈の姿を探していた。
 先程まで隣を青白い顔をしながらついて来ていたはずなのだが……。

「手頃な場所に火を焚け。それから砦へ勧告に行くぞ。『抵抗しなければ、命は取らぬ。私が上に掛け合い、住む場所と職を約束しよう』と」

 言いながら前を向く。
 その途中、驚いた顔をした兵が目に入る。そんな約束などして、気が知れないとでも言いたげだった。

「何とかするさ……元はと言えば、政治の混乱が民を疲弊させた。その所為で喰うに困った民が賊になり、各地で暴れている。責任は国が取らねばならぬ。安定した職を与え、しっかり喰わせてやれれば良い」

「その金は何処から出るのですか。今、財政は逼迫しています。国の体裁を保つので精一杯のはず」

 背後から蔡盈の声がした。
 存外、しっかりした声だった。

「ただ、空いてる土地と、農具を与えてやれば良い。その先は、彼ら次第だ」

 隣まで馬を進めてきた蔡盈に目を遣る。
 やっぱり顔色は芳しくない。
 それでも目に力強い光りが宿っているのが見え、張韻はニヤっと微笑んだ。

「お前が行って、交渉してこい。この任は重いぞ……如何に血を流さずに済むかが懸かっているのだからな。成功させろ。その後の責任は私がとる」

 蔡盈は唇を力一杯真一文字に閉じ、しっかりと前を向きながら頷いた。
 今ならば、任せても平気な気がした。


 簡易の陣を敷き、その中央にどっしりと張韻は腰を下ろす。
 まだ蔡盈は帰ってこない。
 少し離れた場所で焚いている炎は、青い天を焦がしている。
 煙りを見た賊が戻って来るだろうと踏んでいるのだが、そちらもまだ音沙汰がない。

「どちらが先か……」

 張韻は天を仰いだ。


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