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「お止め下さい。そのような事をなさっても何の解決にはなりません」
「それこそ、張禍を喜ばせる事となりましょう」
許衍と梁玄は大股で天幕を横切る賀漣を必死で止めたが、賀漣は聞く耳は全く持たず、乱暴に外へ歩み出た。
「そこの。例の文を発見した者の名は、控えてあろうな」
「はい。御命令どうり」
声を掛けられた衛兵は、すっと懐から布を取り出した。 布にはびっしりと、数百人分の名前が連なっている。
「この者どもは魁の草だ! 引っ立て、首を跳ねぇい」
闇が立ち込める黒い空に、賀漣の声が谺した。
下された命令は、炎の如く嘗めるように陣内を駆け巡り、あっと言う間に各所で喚き声が上がった。 次第にその声は剣がかちあう音へと変化していく。
「そぉら見た事か。魁の人間はやはり通じていたな。せっかく乕への帰順を認めて命を助けてやったのに」
賀漣は言いながら天幕の中へ戻ろうと踵を返す。 一瞬、許衍は剣に手が行きかかったが、やっとの事で押し止めた。 そこへ慌てた様子の兵が駆け寄る。
「し……将軍。魁部隊五万、反乱を起こしました――」
当たり前だ、と許衍は臍を噬んだ。 みすみすくれてやる命などない。 明らかでない罪で首を落とされるなど、誰が善しとするものか。
「さっさと鎮めろ。我等は倍の兵がおるのだぞ」
「武力に頼らずとも、先程の御命令を取下げて頂ければ、私が皆を宥めて参りましょう。大切な兵を削る訳には参りません」
許衍が言うと、賀漣は鋭い視線を向け、一瞬鼻で笑い、再び足を動かし始めた。
「こやつも魁の人間だ。牢へぶち込んでおけ――」
と言い残し、賀漣は天幕の中へと姿を消した。
牢とは名ばかりで、掘っ建て小屋に鍵を付けただけの場所に手枷を嵌められた許衍は連れられて来た。 扉が閉まり、鍵を掛けられる。 許衍は胡座を組み、ゆっくりと瞼を下ろした。 いっそ、賀漣を斬ってしまえば良かったかとも思う。だが、時が許してくれなかっただろう。 許衍が魁部隊を率いて反乱を起こしたものと、明確に位置付けられてしまう。 自分が大人しくする事で、何とか誤解が解けまいかと許衍は期待している。 ただ、外では味方同士で刃を向けあっているのに、ここで一人、何もしないでいるのも気が引けた。 しかし、今は動く事は出来ない。
ところが、一刻と経たずして牢に客が訪れた。
「子珪殿、お話があります」
牢に現れたのは、誰あろう梁玄だった。
「何事ですかな、伯堵(ハクト)殿」
梁玄は後ろ手に扉をゆっくり閉めた。 許衍の目の前で膝を折り、頭を垂れる。
「此度の混乱、責任は賀漣に御座います。その罪は明らかであり、これを打っても裁かれる事はありますまい」
許衍が参謀を苦手とするのは、回りくどい為である。 長くなるのを見越し、許衍は「私に、如何しろとおっしゃるのか」とはっきり訊いた。
「許将軍に、賀漣の首を取って頂きたく存じまする」
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