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張韻が中央辺りにたどり着く頃には、喧騒が納まりつつあった。 馬を下り、様子を見る。
「……張韻殿、とんだ醜態をお見せ致し申した」
闇の中からの声に張韻は振り返った。
「子珪殿。貴方が騒ぎを鎮めたようだな」
言いながら張韻は腰の剣を確かめた。 闇の中に立つ許衍の手元は見えない為、念には念を押すべきか。
「今回、賀漣の反乱により部隊は混乱に陥った。しかし、私が彼を誅し乱を鎮めました」
許衍はすっと一歩前に歩み出る。 その手元には案の定、長巻が握られ、松明に照らし出されたその刀身は、赤く輝いている。つまりは誰かを切ったと言う事か。
「賀漣の乱と言われるのか。して、奴の首を何処に持って行かれるおつもりかな」
「乕へ。これより全軍を撤退させる……手だし無用に願えるかな」
張韻はふっと笑った。 ここで逃がせば、後顧の憂いになるやも知れぬ。 だが、追い立てる気は湧かなかった。
「帰るならさっさと、尻尾を巻いてお逃げなさいな。でも、乕に貴方の居場所はあるかしら?」
帰るなら、魁にしないか、と続けたかったが、無意味であろう事は解っていた。
「居場所なぞ、無くて結構。その先に何があろうとも、絶望には慣れている」
言って許衍は踵を返した。 二君に仕えず。その心意気や善し。
「絶望など、するなかれ。貴公程の人間、居場所などいくらでも見付かる――」
闇の中の許衍は、手をひらひらさせて答えながら消えて行った。
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