「卿、人は知識を手に入れただけでは満足しないものです。実践してみたくなるものです。それは貴方自信が一番理解されている事と存じますが」

 言い終えるが早いか、アレスは右手を左の袖口に突っ込み、小さな投擲用のナイフを取り出していた。
 流れるような動きでネルソンへと投げ、見事眉間に当ててみせる。
 すると、ネルソンの姿をしていたそれは泥塊となって無様にも床に崩れ落ちた。

「お……おい、アレス。こりゃ一体……今まで話てたのは兄貴じゃなかったのか?」

 一連の動作があまりにも早く、何も出来ぬまま見守っていたノックスが、ネルソンだった泥塊とアレスを交互に見遣る。

「令華から忠告を受けていた。相手は魔術師、幻術の一つでも使ってくるだろうってね……それを見破る方法を教わっておいたんだ」

 ゆっくりと泥塊に近付き、アレスは刺さっているナイフを抜く。
 調度ナイフが突き刺さっていた場所には何か幾何学な模様が描かれている紙が張り付いていた。

「屍霊術師の常套手段らしい。練り上げた泥に、かりそめの命を吹き込んで使い魔として使役する……そしてこの紙、この紙で空間を歪めていたんだ」

「兄貴は……アレか、根暗ナントカってヤツだったんだな……」

 真面目な顔で言われ、アレスは少々返答に困った顔をする。

「えっと、ネクロマンサーの事を言っているのかな?」

「そうそう、ソレだよ。根暗まんさー」

 アレスは訂正するのに疲れたらしく、話を先に進めた。

「屍霊術そのものは、私が禁術に設定し、全て排除したはずだったんだけど……」

 紙を手に取り、しげしげと見詰めるノックスを横目に、アレスは再び視線を部屋全体へと戻す。

「どこで見ている? 卿、そろそろ終わりにしましょう」

 一陣の風が吹き、辺りは暗転。
 その後、ついにこの屋敷の主が姿を現した。

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