「令華は……後を頼むと……」

 アレスの返事はたどたとしく、よほどの動揺があるのだろう。
 ノックスはアレスを避け、入って来た扉を開こうとするが、ビクともしない。

「……ま、良いさ。出入口はここだけじゃない。閉じ込めようってったって、俺の方がこの家にゃ詳しいさ」

 言いながら扉を蹴り上げ、反転してアレスの横を通り過ぎる。

「付いて来る、来ないは勝手だが、お前はどうするんだ?」

 放心状態のアレスに声をかけると、一度俯いた後にしっかりとした顔に戻り、ノックスを見た。

「先に進もう。何か考えがあっての事だ……私がここにいる訳にはいかない」

「そうか。なら行こうぜ。兄貴は地下だ」

 立ち直ったアレスを連れ、ノックスは屋敷の窓際を、月明かりに照らし出されながら迷いなく進む。
 室内装飾はアンティーク調の家具で纏められ、廊下には葡萄色の絨毯が敷き詰められていた。
 いかにも貴族の屋敷らしい内装だが、今は白い布がかけられている上、埃が溜まっている。
 正面入口のホールに来ると上へと続く大きな階段があり、踊場には古そうな柱時計が時を刻んでいた。
 アレスは少しだけその時計を振り返ったが、ノックスは目もくれずにホールを横切った。
 見上げれば、規模は小さいがきらびやかなシャンデリアが吹き抜けた天井にある。
 ノックスは近くの壁の前で立ち止まり、ぼんやりしているアレスを待った。

「おい、早くしろよ」

 アレスが足を早めたのを目端で確認し、ノックスは思い切り壁を蹴り飛ばす。
 するとその壁はふっと消えうせ、暗く、地下へ続く長い階段が現れた。
 その先からは、夏だと言うのに肌を刺すように冷たい空気が漏れてくる。屋敷全体、果ては街全体を包む冷気の発生源は、この階段の下にあるようだ。
 階段の壁を手で探っていたノックスは、何かを見付けたらしく、パチっとスイッチを入れた。
 すると、暗かった階段に明かりが灯る。
 階段は真っ直ぐではなく、少々曲線を描いている為、先が見えない。
 手摺りのない階段を、壁に手をあてて深く、深く潜って行く。

 石造りの階段を下りて行くと、少し開けた場所にたどり着いた。
 少し開けたとは言え、人が一人寝転べば埋まる程の空間で、その先に大きな木の扉が鎮座している。
 ノックスが扉を開こうと取っ手に手を延ばす。
 すると内側から勢いよく開かれ、中から男が飛び出して来た。

「お待ちしておりました。アーレスト・カーン陛下」


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