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裏門から屋敷の入口まで十メートル程あるが、先行する令華が時折指を小刻みに動かしながら進んで行く。
「……なぁ、あのオバハン何者だ?」
ノックスは小声で隣を歩くアレスに尋ねる。 すると、どこからともなく鋭い矢がノックスの目の前を掠めて行った。
「ごめんねー。罠を一つ見逃したみたい」
令華は振り向き様に笑顔を見せたが、目が笑ってない。 ノックスは引き攣った笑顔で再び足を動かし始める。
「令華は私の命の恩人でね。口は少々悪いが、その腕は国で一番だ」
何故だか自慢気にアレスが言い、ノックスは軽く頷いておいた。 確かに、今まで杖を使わずに術を放つ魔術師を見た事などない。 ノックスはペリーラから一歩も外に出た事がない為、この広い世界では珍しい事ではないのかも知れないと考えた。
「アレス、ノックス。ここからは敵の陣中……どんな魔術が仕掛けられているか解らないわ。気を引き締めて頂戴」
言われなくても解ってるさ、と言わんばかりにノックスは眉根を寄せる。
「少年、君はこの屋敷の人間でしょう? なら先に行って、案内を頼むわ。アレスが次で、私が……殿りね」
言いながら扉を開き、令華は手招きをして二人を先に進ませた。 腑に落ちない顔のノックスは令華を一瞥するが、何一つ表情は変わらない。 次にアレスが令華の前を通り、中へ入ろうとした瞬間、何やら耳打ちされた。 するとアレスは黒い目を丸くし、振り返る。 と、同時に扉はバタンと閉じられ、令華の姿は無くなっていた。
「あっ、あの女逃げやがった!」
ノックスは姿を消した令華に悪態を吐きながらボーっと佇むアレスの肩を持ち、振り向かせる。
「おい、お前。アイツに何を言われたんだ?」
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