イヴァンが風邪を引いた話
魔族というのは、外の気温の変化に応じて自身の体温まで変えてしまうと言う、ほとんどの場所で生活できる体だった。寒くとも、暑くとも、平然とその場に立っているのだから、人間よりは確実に丈夫なのだろう。

そのせいで、すっかり油断してしまった。

「魔族って、風邪引くのか……」

ごほごほと苦しそうに咳をするイヴァンを前に、ノエルはただ困り果てていた。手を伸ばし、額に当ててみるも、それが魔族にとって高いのか低いのかすら分からない。そもそも、こういうとき冷やせばいいのか、暖めればいいのかすら分からない。

だが、弱っているイヴァンを放っておくわけにもいかず、ノエルはとりあえず飲み水を買って来ることにした。幸いな事にここは魔族の地だ。どうにかして、看病の方法を尋ねる事もできるだろう。

足早に店に向かったノエルは、少し緊張しながらフードを目深に被り、ドアを開いた。そうそうないだろうが、イヴァンがいない今、人間だと気付かれた時が恐ろしい。警戒というか、毛嫌いされているエルフさえいなければ大丈夫と何度も言い聞かせ、からんと鳴る音を耳に入れながら一歩を踏み入れた。

「いらっしゃい」

そこの店主が、思ったよりも気さくな笑顔を見せてほっとする。顔が見えないくらいフードを被っている人物なんて怪しい事この上ないだろうが、魔族にとっては普通なのかもしれない。

「あ、の……。まお……知り合いが風邪を引いて。でも、俺……看病とか分からなくて」

かなり人見知りっぽい話し方になってしまったが、仕方ないだろう。看病の仕方を聞いてくる客がどこにいようか。

不思議な顔をしてきた店主だったが口先でなんとか誤魔化し、必要なものを買うことが出来た。案外、看病は人間と同じようにすればいいらしい。違うとすれば、恐らく薬の材料くらいか。

「さて、」

帰ってきてまずは薬を、と思ったのだがその前に何か食べてもらわなければならない。生憎、ノエルは料理が得意というわけではない。苦手ではないが、イヴァンのような美味しいものはできないだろう。食べてもらえないのでは、と一抹の不安が頭によぎったが、まさかイヴァンに作ってもらうわけにもいかず、ちょっとだけ気合いを入れて腕を捲った。



風邪の時といえば。なんの捻りもないお粥を作り上げたノエルは、安堵から小さく息を吐いた。長い事料理を作っていなかったが、真っ黒焦げになることはなく、見た目はきれいに出来上がっている。

「……うん、我ながら普通」

一口掬って、感想を一言。宿にあった料理本に書いてある通りに作ったのだから当たり前だ。何の工夫もない、食べた瞬間にお粥だ、とそれ以外なにも浮かぶ事の無い一品が出来たが、不味くて食べられないよりはいいだろうと言い訳し、部屋へと戻った。

「ノエル…起きたらいなかったから、どこに行ったのかと」
「買い物」

短く返すと、そうか、と淡く微笑まれる。普段よりも弱弱しいそれに、ちくと胸が痛んだ。なんとなく目を逸らしつつ、手に持ったお粥を差し出す。

「一応、作ったけど。食える?」
「……」

黙ってしまったイヴァンに、不安が蠢く。まさか、食べられないほど悪いのだろうかと焦っていると、ふっとイヴァンが笑みを零した。

「食べさせてくれるのか?」
「あ?」

心配が一気に彼方へと飛んでいった。それはつまり、運んでやれば食べるということか。元気じゃないかと飛ばそうとした魔法をなんとか押し留め、渋々イヴァンのいるベッドへと腰掛けた。こいつは病人、こいつは病人、と何度も言い聞かせ、一口分のお粥を掬う。何度か息を吹いてから、イヴァンの口元へと差し出した。

「ほら」
「……」
「何だよ、やっぱり食えないのか?」
「いや、まさか本当にしてくれるとは思わなくてな」
「お前治ったら覚悟しとけよ」

本気で驚いているイヴァンを睨みながら、お粥を口へと押し込んだ。軽く咳き込んでいたが、これくらいなら許されるだろう。



「ご馳走様。美味しかったぞ」
「それは、まぁ…………良かった」

自分で作ったほうが美味しいだろうに、屈託もなく言ったイヴァンに口篭った。風邪を引いていないというのに、熱くなった頬を自覚して顔を逸らす。その時に、買い物の時の袋が目に入り、はっとして手を伸ばした。

薬の事を、すっかり忘れていたのだ。

「ん、これ」
「あぁ、すまないな」

水と一緒に差し出すと、そう言いつつ薬を睨みつけた。仇でも見るような目に、ノエルはイヴァンを訝しげに見た。

「……飲まないのか?」
「にっがいんだよな、これ」

子供か、と思わず言いそうになったが、何せ魔族用の薬だ。よく効くせいで苦くなっている……のかもしれない。何度か呼吸を繰り返し、ようやく覚悟を決めたのか、薬を口に放り込むと、水で一気に流している。その姿は何と言うか、やはり子供のようだった。

「うぅ、やはりにがい……」
「はいはい」

おざなりに返事をするノエルに言い返そうとしているイヴァンの口を片手で塞ぎ、もう片方でベッドに倒した。

「おやすみー」
「ちょ、適当すぎないか!?」
「はいはい」

相手をする気がないというのが態度で伝わったのか、ぶつくさ言いながらもそのうち大人しくなったイヴァンは、薬の効果もあってかうとうととし始めた。

「風邪引いて、得したかもしれないな……」
「どうしてだよ」
「ノエルが、いつもより優しい」
「……お前ほんと治ったら覚悟しろよ」

言いながらも、ノエルはイヴァンの頭をそっと撫でた。



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