唯「ゾンビの平沢」

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★9

彼女達4人は、美容師を養成する専門学校の学生で、皆地元を離れ、同じ寮で暮らしていたらしい。
その美容専門学校でも桜ヶ丘高校の様な事件が起きた。

4人で逃げる途中、私同様この施設の兵士達に助けられたという。
助かったのは4人だけで、他の仲間は皆死んでしまったらしい。
その時の事を思い出してか、女2と女4は俯き啜り泣いていた。

私はいつの間にか涙を流していた。
彼女達の話に、私は自分の姿を重ねていた。

女「ごめんね、湿っぽい話になっちゃって」

唯「ううん、私の方こそ、思い出させてごめんね」

気付くと、時計は既に21時55分を回っていた。
ムギちゃんの点滴が終わる頃だ。

唯「私そろそろ戻るね」

女「ああ、平沢さんと話せて良かったよ。明日も来ない?」

唯「うん。あと、私の事は唯でいいよ」

女「分かったよ唯。じゃあ、明日もこの時間で」

女達は満面の笑みで私を見送った。
私は女達の部屋を後にし、ムギちゃんの待つ医務室に向かった。


医務室に着くと、ムギちゃんは既に点滴を終わらせていた。

唯「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

紬「ううん、丁度今終わった所だから」

紬「唯ちゃんは何をしていたの?」

唯「……ちょっと女ちゃん達に会いに行ってたの」

紬「……彼女達、元気にしてる?」

唯「うん、元気そうだったよ……」

紬「そっか、良かった……」

ムギちゃんはほっとしていた。
やっぱり彼女達の事を気に掛けていたんだ。
ホントにムギちゃんは優しい子だ。

ムギちゃんは一方的に彼女達に傷付けられたのに。


部屋に戻り、私はお風呂にお湯を張った。
特権階級の部屋には、お風呂もトイレも付いていた。

豪勢な大浴場もあるけれど、ムギちゃんは殆んど利用しない。
私は毎日運動後にそこを利用している。

唯「ムギちゃん、お風呂の準備できたよ〜」

紬「先に入ってて、私もすぐ行くわ〜」

私は服を洗濯篭に入れ、浴室に入った。

この部屋の浴室は、私の家のそれより2倍程の広さがあり、浴槽も、私達二人が悠々入れる程の大きさがあった。

紬「お待たせ、唯ちゃん」

私達はいつも二人で一緒にお風呂に入っていた。
その度に、私は憂とお風呂に入っていた時の事を思い出し涙した。

ここなら、涙を流してもムギちゃんに気付かれる事はなかった。

お風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かす。
当然、私の方が早く髪が乾く。

髪の長いムギちゃんのドライヤーは時間が掛かるのだ。

その間に、私はベッドメイキングをする。
二人で寝ても広すぎるキングサイズのベッド。
寄り添う私達には、シングルでも充分だというのに。

私はポートワインを開け、2つのグラスにそれを注ぐ。

ムギちゃんは、寝る前にお酒で睡眠薬を飲む。
アルコールと睡眠薬の相乗効果で、よく眠れるらしいのだ。

一般人居住区での生活の時には、睡眠薬だけを多めに飲んでいた様だが、特権階級の居住区に居た頃は、お酒でそれを飲む事が習慣だったらしい。

ムギちゃんがそれを打ち明けた日から、私はムギちゃんの寝酒に付き合っている。

それが体に悪い事を私達は知っていた。
それでも、彼女はそうしないと熟睡出来ないのだ。

彼女は酷い睡眠障害も患っていた。

私達は乾杯をし、一気にグラスを飲み干した。
これが一番効率的な飲み方なのだ。

私達は別にお酒が好きというワケではない。
そもそも、どんな高級なお酒であろうが、味覚障害の私はそれを味わう事など出来ない。
ただ酔う為に、それを摂取しているだけだ。

ムギちゃんによると、このワインは「フォーティファイドワイン」と呼ばれるもので、通常のワインよりもアルコール度数が高いのだそうだ。

私と違い、ムギちゃんはお酒に弱かった。
一口アルコールを口にすれば、すぐにその白い顔は紅潮する。

そして私に甘えてくるのだ。

私に逢うまで、ムギちゃんはずっと一人だった。
アルコールはムギちゃんの孤独と寂しさを紛らわせていたに違いない。

唯「ムギちゃん、寝る前にうがいと歯磨きだよ?」

紬「うん」ニコ

私達は歯磨きを終え、同じベッドに潜り込んだ。

今日もまた、私達は寄り添い抱き合って眠りに就いた。


ムギちゃんの寝息が聞こえる。
アルコールと薬の効果で、すぐにムギちゃんは深い眠りに就く。
私はそっとベッドから抜け出し、ギー太を持ってスタジオに向かう。

時計は22:50分を回っている。
この時間にスタジオを使う者は私以外いない。
ここは完全防音になっていて、外に音が洩れる心配は無い。
私はギターをアンプに繋ぎ、大音量でただ只管に掻き乱す。

それはまるで、悲哀の咆哮。

そこで私は、全ての悲しみ、苦しみをギー太から吐き出した

嘆きの独奏は、私の気が済むまで続けられる。
夜中の2時、遅い時には3時頃まで、私はギー太を奏でていた。

気が治まったら、スタジオを片付け部屋に戻る。

ムギちゃんが目覚める気配は無い。
私はギー太を元の位置に戻し、ベッドに戻る。

ムギちゃんの寝顔を見ながら「おやすみ」と呟き、軽く頬にキスをした。


次の日も、私はいつも通りの日課を熟していた。
何も変わらぬ日常。
そう、今の私にとって、この生活が日常になりつつあった。

朝食を作り、ムギちゃんと二人でそれを食べる。
少しお喋りをして、ムギちゃんを医務室まで送る。
彼女が朝の点滴をしている間、私は掃除や洗濯を済ませる。
早めにそれらを片付けたら、余った時間でギターの練習だ。

11時、彼女の1回目の点滴が終わる時間だ。
私は医務室に彼女を迎えに行く。
彼女はベッドに腰を掛け、迎えに来た私に笑顔でこう言うのだ。

紬「今日も調子がとってもいいわ」

唯「それじゃあ、お散歩にでも行こうか」

まずは屋上。

もうすぐクリスマス。
外はとても寒く、吐いた息が白くなる。
呼吸をすると、冷たい空気が肺に入り、体の中から冷えるのを感じた。
それでも私達は、新鮮な空気を求め屋外に出る。

屋上に設置されているベンチに座り、二人で空を見上げる。
空は今も昔も変わらず、ただ鮮やかな青色に満ちていた。

こんなにも美しい空の下で、今もどこかで惨劇は続いているのだろう。
ウイルスの所為だけではない。
戦争、飢餓、凶悪事件……。

世界は常に悲劇で溢れていた。
私が知らなかっただけだ。
知らない振りをしていただけだ。

私にとって、そんな世界の惨禍など、他人事に過ぎなかったから。

屋上で一息ついた後、今度は施設から出て敷地内を歩く。
私たちの他にも、散歩をしている人の姿がちらほら見える。
施設の庭は、職人達によって綺麗に整備されていた。

「まるで恋人みたいね」

ムギちゃんが呟く。
散歩をする時、ムギちゃんは自分の腕を私に絡める。

「そうだね」

私は優しく彼女を引き寄せる。

私もムギちゃんも、ただ純粋に温もりを求めていた。
心と体を暖かくしてくれる存在を求めていたのだ。

私達はお互いに深く依存していた。
誰であろうと、私達を引き離す事など出来ないだろう。

12時が過ぎ、私達は昼食の準備の為に厨房に向かう。
今ではムギちゃんも一緒に料理を作っているのだ。

「おいしい?」

ムギちゃんは、いつも自分の料理の感想を私に求める。

「うん、美味しいよ」

私は笑顔で答える。

嘘ではなかった。

ムギちゃんの料理には、ちゃんと「味」があった。
私にとっては、一流シェフのフルコースよりも美味しい御馳走だ。

楽しい食事の時間が戻ってきたのだ。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去るもの。
14時、2度目の点滴の時間だ。
別れを惜しみ、私は着替えを持ってプールに向かう。

帽子を深く被り、ゴーグルをして顔を隠すようにした。
以前、しつこくナンパをしてきた男がいたのだ。

今の私は人付き合いが億劫ではない。
しかし、ああいうタイプの人間は正直苦手だ。

私は水泳専用レーンで、ただ泳ぐ事だけに没頭した。

気が済むまで泳いだ後は、大浴場で体を綺麗にする。
プールと浴場は中で繋がっていて、私の他にも、遊泳後塩素に染まった体を洗う人達がいた。

16時、ムギちゃんと二人でティータイムの準備をする。
厨房を借り、私達は自分達でお菓子を作るようになっていた。

この施設には、当然一流のパティシエ達がいる。
斉藤さんの計らいで、私達は彼等から色々学ぶ事が出来た。

お菓子の準備も整い、私達のティータイムが始まる。
偽りではない、本物のティータイム。
水泳でお腹の減った私の、貴重なエネルギー源だ。

軽音部のみんなで行っていたティータイム。
それと遜色の無い程、この時間は心地よかった。

お茶の後はムギちゃんとギターの練習だ。
練習と言うより、発表会と言った方がしっくり来るかもしれない。
私は夜中に覚えた曲や、ムギちゃんがリクエストした曲を披露した。

ムギちゃんは子供の様な笑顔を私に向け、演奏を聴いてくれる。

紬「次はねぇ、次はねぇ……」

夕飯の準備を始める18時半まで、彼女のリクエストが止まる事は無い。

そろそろご飯の準備をしよう、そう言って私は彼女を宥めた。
彼女はしぶしぶながらも、それに従う。

「また明日弾いてあげるからね」

そう言って、私は彼女と指切りをする。
ムギちゃんの細い指が、私の指に絡まる。

「約束ね」

彼女はそう言うと、私に明るい笑顔を見せるのだった。


20時、ムギちゃんの今日最後の点滴が始まる。

いつもなら、斉藤さんに様々な事を教えて貰う時間だ。
斉藤さんは仕事が忙しく、夜でないと自由な時間が取れないらしい。
そんな貴重な時間を削ってまで、彼は私の我侭に付き合ってくれていた。

しかし、昨日に続き、今日も斉藤さんとの訓練は無い。
私が女達の部屋に行くからだ

21時まで時間がまだある。
私はギー太を取り出し、練習を始めた。

ギターを弾いていると、時の流れが急に早くなる。
気付けばもう40分も経っていた。

少し早くてもいいかな……。
私はお菓子の入ったバスケットを持ち、女達の部屋に向かった。

唯「ごめんね、ちょっと早く来ちゃったんだけどいいかな?」

女「……ああ。入りなよ唯」

私は女に招かれ部屋に入った。

ガチャリ。

オートロックの鍵が閉まる音がした。

部屋に入ると、いつもの女達の他に、3人の男達がいた。
以前に見た男達ではない。
柄も悪そうには見えないが、体躯が良く圧倒的な威圧感があった。

女達の方を見ると、何故かニヤニヤしている。
厭らしい笑い方だ。

唯「あの……これ、お菓子です……」

漢1「おー、旨そうじゃん」

漢2「ありがとう、唯ちゃん。俺、腹減ってたんだよね」

漢3「さっき飯食ったばっかじゃん」

私の名前を知っていた。
この男達は彼女達の友人だろうか?

私は女の顔を見た。
女は私を淫靡漂う表情で見詰めている。

どうしてそんな目で私を見るの……?

漢1「へぇ〜、唯ちゃんって……聞いてたより全然可愛いじゃん」

漢2「だね。ゾンビとか言ってたから、どんな子が来るかと思ってたら」

漢3「こんな可愛い子とは思わなかったわ」

男達は、舐める様な視線で、私の下半身から上半身を隈無く品定めしていた。
戸惑う私を尻目に、女達はクスクスと小さく笑い出していた。

漢1「でも、マジでいいの? ヤバクない?」

女「大丈夫、この子そういうのが好きだから」

女2「そうそう、遠慮とかしなくていいから」

女3「その子、口めっちゃ堅いから大丈夫」

唯「あの……女ちゃん……?」

漢2「あ、唯ちゃんのその表情、凄くいいね!」

漢3「俺もちょっと興奮した!」

漢1「てか、もう始めちゃって良いワケ?」

女「……ああ、好きなだけ犯っちゃって」

唯「なに……それ……どういう事……?」

女4「お前をこれから輪姦すんだよ」

漢2「唯ちゃんにはたっぷり乱れて貰うからね」

唯「女ちゃん……どうして……?」

女2「どうしてだって!? 馬鹿かこいつ!」

女3「あれだけやっといて、今更仲良しとかありえないだろ」

女4「しかもそんな服着て、自分はうちらとは違うとでも言いたいのか?」

女「あたしら、ずっとお前に復讐しようと思ってたんだよね」

唯「復讐……?」

女「あんなナメた真似しといて、タダで済むと思ってんのか?」

唯「……。」

女「でも、お前の方からこっちに来てくれて良かったよ。
あたしらじゃ、あっちの居住区には入れないからな」

女2「誘い出す手間が省けたね」

唯「……。」

唯「……じゃあ、どうして昨日は謝ってくれたの……?」

女3「お前を油断させて、今日も来て貰う為だよ」

女4「お前が暴れると、うちらだけじゃ手に負えないからな」

漢2「それで俺達の出番ってワケだな」

女2「こいつら、この施設の兵士だからな。前のヘタレチンピラ共とは全然違うぜ」

漢3「うわ、ひど! その男達かわいそ〜」

唯「……昨日言ってた話は全部嘘だったの?」

女2「ああ。あたし達は専門学校なんて行ってねーし」

女「あたしの彼氏が金持ちで、ここに連れて来て貰ったんだ」

女4「彼氏というか財布だろ」

女3「あたしと女2と女4は、女の彼氏の愛人だよん」

女4「最初うちらも金持ち共の居住区に住んでたんだけどさ、女の手癖が悪すぎて追い出されたんだよ」

女「お前らだって同じだろ。それにあいつ等だって同類だぜ?
薬に買春、なんでもありだからな。屑だよ屑。
金だって有り余る程あんだし、ちょっと位こっちに寄こせっての」

漢3「ほんと、お前ら悪女だよな」

漢2「俺は唯ちゃんみたいに純粋な子が好みだよ」

漢1「あ、やべっ! ゴム持って来るの忘れちった」

女2「中に出しちゃっていいよ」

女3「後で腹パンすればオッケー」

漢1「うわ、鬼畜〜」

漢3「あ、順番決めようぜ! 俺いっちば〜ん」

漢1「あっ!? 勝手に決めんなよ、俺も一番がいい」

漢2「この子処女っぽいし、一番は譲れないな」

漢1「おい、誰がこの話持って来たか覚えてるか?」

漢3「う〜ん、それを言われるとなぁ……」

漢2「……仕方無い。じゃあ俺は処女アナルで我慢するよ」

女4「処女にいきなりアナルかよ!」

女3「悶・絶・必・死!」

漢2「泣き叫ぶから興奮するんじゃん」

漢3「こいつドSだから」

漢1「というワケで、唯ちゃんの処女は俺が頂くね」

私は3人の漢達に囲まれていた。

唯「……。」

漢1「怖くて声出せないのかな〜? でも、挿れた時はちゃんと鳴いてね?
そうじゃないと、こっちも興奮しないからさ」

唯「……。」

漢2「唯ちゃん、すっごく気持ち良くしてあげるからね」

唯「……。」

漢3「唯ちゃんを可愛がったら、今度は紬ちゃんの番だな」

女2「こいつを餌にすれば、あいつすぐ来るだろうな」

唯「……………………。」

私の心の中で何かが壊れる音がした。

漢1「それじゃあ、まずその可愛い服を脱がしちゃおうかな」

男の大きな手が、ゆっくりと私に近づいて来た。

次の瞬間、男は悲鳴と共に崩れ落ちた。

女達も男達も、最初は何が起こったのか分からなかった。
しかし、私の右手でバチバチと音を立て、
放電するスタンガンを見て、皆その状況を理解した。

私は服の裏に隠し持っていたスタンガンを、男の下腹部に思いっきり押し当てたのだ。
男は余りの痛みに悶絶している。
苦しみ悶えるその姿は、とても滑稽だった。

悶絶するのは私の方じゃなかったみたいだね。

男達は油断していた。以前の男達と同じだ。
屈強な男が3人もいれば、女一人に負ける筈など無いと。
女達も同じ考えだろう。

今、自分達が絶対的に有利な立場にいる。
それは何があっても揺るがないのだという、根拠の無い自信。
そんな「安心」が「慢心」を生み、隙が出来るのだ。

進歩無いね。
いい加減、気付こうよ。
絶対的な安心、安全なんてどこにも存在しないって事にさ。

私の予想外の反撃によって、他の男達は動揺していた。
私はそれを見逃さなかった。
素早く二人の男達の腹部にスタンガンを当てた。

男達は体勢を崩した。
しかし、腹部に当てた程度では、すぐに起き上がってくるだろう。
私は、もがき苦しむ男達の頸部にスタンガンを押し当て、止めを刺した。

男達は気絶し、完全に動かなくなった。
女達は恐怖の形相で目を見開き、言葉を失っている。

部屋に沈黙が続いた。

唯「私さ、初めから分かってたんだよ。女ちゃん達の謝罪も笑顔も全部ウソだって」

唯「私はね、女ちゃん達にした事を、凄く後悔していたの。
もっと別のやり方があったんじゃないかって……。
もしかしたら、女ちゃん達も、私と同じ苦しみを感じていたんじゃないかって。
だから、私は女ちゃん達に謝りたかった。私のした酷い行為を謝りたかった。
例え女ちゃん達が、自分達の行為を反省していなかったとしてもね」

唯「昨日の別れ際の女ちゃん達の笑顔、とても素敵だったよ。
でもね、状況を考えたらとっても不自然なんだよ。
本当に謝罪の気持ちがあるのなら、あんな風に笑えるワケないんだよ」

唯「そうだ、状況が不自然だったんだ……。
だからあの時、斉藤さんは私の笑顔を見てあんな顔をしたんだ。
ムギちゃんは私の姿を見たから私の嘘が分かったんだ。
みんなが無事なら私があんな姿になる筈ないもんねぇ、そっかそっかぁ」

唯「あー、私は駄目だなぁ……。
そんな事、ちょっと考えれば分かるじゃないか。
どうして私はそんな事にも気付かなかったんだろう。
これじゃあ、また失敗しちゃうよ……困ったなぁ……」

唯「……。」

唯「考えても分からないや。とりあえず、私に今出来る事をしよう」

私は女達の方を見た。

唯「今日は静かだね。前は震えながら謝ってくれたのに」

私が女達の方に近付こうとすると、彼女達は後退りした。
彼女達はあの時と同じく、部屋の隅で固まった。
ヒューヒューと変な呼吸音が聞こえる。

唯「ねぇ、女ちゃん……」

女の体がビクっと動いた。

唯「どうすれば、女ちゃんは私達を傷付ける事、辞めてくれるの?」

女「ご、ごめん……なさい……」

消え入るような声で女は謝罪の言葉を口にした。
私はしゃがみ込み、蹲っている彼女の顔を、目を見開き正面から近くで見た。

唯「前もそうやって謝ってたけど、何も変わってないじゃない……」

私は女の顔を平手で力いっぱい打った。
女の体はその衝撃で横に倒れ込んだ。
その様子を見て、女達は皆震えだした。

唯「ねぇ、前にいた男達と、あの日以来会った事ある?」

私は隅に蹲る女達の方に目をやった。
彼女達は怯えた目で私を見ている。

唯「……質問に答えろ。」

女2「い、いえ、あれから会った事は無いです……」

唯「……そうなんだ。」

女3「ほ、本当です! あの人達の事は何も知りません!」

唯「……そう。じゃあ、私が首を噛み切った男の事……覚えてる?」

女2「お、覚えてます……」

唯「その人がどうなったか……知ってる?」

沈黙が流れた。

唯「あの人、死んだって。」

女達の体の震えが一段と大きくなった。

唯「私ね、人を殺しちゃったみたいなの……。
でもね、今はそれでよかったと思ってるの。
だって、そうすれば、二度と私達を傷付けられないでしょ?」

唯「私ね、どんな人でも話せばきっと分かり合えると思ってた。
でも、その考えって間違ってるよね。
絶対に分かり合えない人って、やっぱりいるもん。
貴女達みたいに、他人の痛みが分からない人とかさ」

私は女2の顔を思い切りグーで殴りつけた。
女2の鼻からは真っ赤な鼻血がボトボトと垂れ落ちた。

唯「でも、それってしょうがない事なのかもしれない。
だって、他人の痛みはやっぱり他人の痛みで、分かるワケないもん。
他人の痛みが分かる、何て軽々しくいう人は痴がましいよね」

私は女3のお腹を思い切り蹴り上げた。
女3は呻き声を上げ、先程食べた夕飯を嘔吐した。

唯「腹パンってこういうのだよね。あ、パンってパンチの事だっけ。
間違えて蹴っちゃったよ。ごめんね、女3ちゃん」

唯「私、女ちゃん達に謝らなきゃ……。
私ね、貴女達って最低の屑だと思ってたの。
でもね、私も貴女達と同じ卑しい最低の人間だったんだ……」

唯「だって、こんなにも簡単に人を傷付ける事が出来るんだもん」

私は女4の髪を掴み、俯いている顔を強引に上げさせた。

唯「ねぇ、女4ちゃん、私はどうすればいい?
どうすれば貴女は私を傷付けなくなるの? 教えて?」

女4「ごめん……な……さい……」

唯「だからさ……、それじゃあ答えになってないでしょ!」

私は女4の頭を思いっ切り地面に打ち付けた。
何度も何度も彼女の頭を地面に打ち付けた。
彼女の体の震えが止まった。彼女は動かなくなった。

その時、後ろで男の呻き声がした。
振り向くと、漢1がゆっくりと立ち上がろうとしていた。

私は漢1に飛び掛った。
馬乗りになり、近くにあった木製の置物で漢1の顔を殴り続けた。

そのうち、漢1は動かなくなった。
顔は原形を留めない程腫れ上がり、前歯は全て折れていた。

念の為、私はもう一度3人の男達にスタンガンを当てた。

唯「ねえ、女ちゃん……」

私は女の両肩を掴み、体をこっちに向けさせた。

唯「女ちゃんは、自分達が私よりも強いと思ったから、こんな事をしようとしたんでしょ?
私が女ちゃん達よりも強そうだったら、女ちゃん達は私を傷付けようとはしなかった。
昨日私に手を出さなかったのは、そういう理由だったよね?」

唯「はっきり言っておくよ。
私はね、いつでも女ちゃん達より強いんだよ?
女ちゃんがどんなに強そうな男の人を連れて来てもね、絶対に私には勝てないの」

唯「私がやろうと思えば、何でも出来るんだよ?

貴女達をここから追い出す事だって、殺す事だって簡単にね」

唯「じゃあ、何でそれをしないと思う?
それはね、それをすると悲しむ人がいるからなんだよ。
私はね、その人が悲しむ事をしたくはないんだよ!」

私は女ちゃんの体を激しく揺さ振った。

唯「でもね、私はその人程優しい人間じゃないの!
私は貴女達と同じだから!
だからね、いざとなれば、私は貴女達を殺す事なんて躊躇い無く出来るんだよ!」

私は震える彼女の首に手を掛け、ゆっくりと締め上げた。

唯「女2ちゃん、女3ちゃん、このままだと女ちゃん、死んじゃうよ?」

二人はガタガタと激しく震えていた。
恐怖で顔は引き攣り、私に抵抗する気力などありはしなかった。

唯「ねぇ、本当に死んじゃうよ? 友達なんでしょ? 助けなくていいの?」

女の顔から血の気が引いていく。
顔は白くなり、唇は紫に変色していった。

唯(そんなものだよね、貴女達の関係なんて……)

もし軽音部のみんななら……。
自分の命なんて顧みず、即座に相手に飛び掛っていくだろう。

大切な仲間を守る為に。

私は彼女の首から手を離した。
大きく咳き込む彼女の耳の傍で、私は囁いた

「今度私に歯向かったら殺すからね」

唯「こっちの二人にはもう少しお仕置きが必要だよね……」

私は倒れている漢2と漢3の方へ歩み寄った。
女達に唆されたとはいえ、面識の無い人間を手篭めにしようとしたのだ。
しかも、悪びれる様子もなく、意気揚々と。

他人を傷付けるって事は、自分も他人に傷付けられる覚悟があるって事だよね?
そうじゃなきゃ、フェアじゃないよ。
一方的に相手を傷付けるだけなんて、そんな都合の良い話があるワケないでしょ。

私は、失神してうつ伏せになっている漢2の腕を、力を込めて後方に捩じ上げた。

唯「んぐぐぐぐぐぐ……」

ミシミシと腕が軋む音がした。
私はそんな事を気にせず、全体重を掛けた。

唯「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……」

鈍い音がした。男の腕が在り得ない方向に曲がっていた。
痛みで漢2は覚醒し、呻き声を上げた。

唯「うるさいよ。」

私は漢2が完全に意識を失うまでスタンガンを押し付けた。

同様に、漢3の腕も圧し折った。

唯「ふぅ〜、腕を折るのって結構疲れるね。やり方が悪いのかなぁ?」

私は震い慄く女達の方に体を向けた。

唯「部屋、また汚しちゃったね……。今回は自分達で掃除するんだよ?」

唯「それと……」

唯「この事を誰かに言ったら、ただじゃおかないから」ニコ

唯「寝てる人達にも教えてあげて。誰かが喋ったら、連帯責任だからね?」

唯「……。」

唯「ちゃんと返事してよ!」

女達は震えながら頷いた。

ふと部屋にあった時計に目をやった。
もうすぐムギちゃんの点滴が終わる時間だ。

医務室に迎えに行かなきゃ……。

私は女達の部屋を後にした。


医務室で私の姿を見たムギちゃんは、一目散に私の近くに寄って来た。

紬「どうしたの唯ちゃん!?」

私の服や顔には、あの人達の返り血が付いていた。

ムギちゃんの事を考えていたら、血を拭くのを忘れちゃった。
ああ、私はまたムギちゃんに心配を掛けてしまっているのか。

唯「大丈夫、これ私の血じゃないから」ニコ

私は心配そうに尋ねるムギちゃんに元気一杯の笑顔で答えた。
怪我をしている人間が、こんな笑顔を作れる筈がない。

だって、痛いんだからこんな風に笑えるワケないじゃん。

平気だよ、私は無傷だから。どこも痛くないの。
だから安心してね、ムギちゃん。

紬「……何があったの? 唯ちゃん……」

唯「ん? 大した事ないよ?」

紬「大した事無いって……」

私はその場で服を脱ぎ、下着姿になった。
ムギちゃんと医師は驚きの表情で私を見ている。

唯「ほらね、よく見て? 私はどこも怪我してないでしょ?
私はもうムギちゃんには嘘を付かないよ。
だから大丈夫、心配しないでね」

紬「と、とにかく服を着て部屋に戻りましょ」

唯「うん」ニコ

部屋に入ると、私はムギちゃんに浴室に連れて行かれた。
まだお風呂にお湯を張ってないよ……。

ムギちゃんは私の顔にシャワーを掛け、あいつらの血を洗い流した。

紬「……あの女の人達ね?」

唯「うん。」

紬「あの人達が、また唯ちゃんを傷付けようとしたのね……?」

唯「うん。」

紬「ごめんなさい……ごめんなさい、唯ちゃん……」

ムギちゃんは泣いていた。
お湯ではない液体が、ムギちゃんの顔に流れている。

なんで……どうしてムギちゃんが泣くの?

私を傷付けようとした人達をやっつけただけなのに。
そんなにあの人達の事が心配?

違う、ムギちゃんは私を見て泣いている……。

ムギちゃんの表情……私の事を……心配している……?
私は無事だよ?どこも痛くないよ?

わからない……わからないよ、ムギちゃん。

唯「なんでムギちゃんが泣くの?
私を見て、なんでムギちゃんが泣くの?
どこも怪我なんてしてないのに、なんで泣くの?
分からない……分からないよムギちゃん。
教えて、なんで泣いているのか、教えてよムギちゃん!」

シャワーが私の涙を掻き消していた。

ムギちゃんは、無言で私を見詰めている。
高い場所に設置されたシャワーが私達に降り注ぐ。

私のどこに心配される要因があるの?
ムギちゃんは私の何を見て涙を流したの?

どこ?どこ?私の何所にそんなモノがあるの?

見えない。ムギちゃんに見えるモノが、私には見えないよ。

見えない……見えない……見えない……見えない?
見えない物……目では見えない物……心?
ムギちゃんは私の心を見たの?私の心を見て……。

私の心……?

ああ、そうか。
ムギちゃんも気付いちゃったんだ。

「平沢唯」が既に死んでいた事に。

そうだった……。すっかり忘れていた……。
私はもう人間じゃないんだ……。
人間だった「平沢唯」はもう死んだんだよ。

唯「う゛う゛う゛……」

急に眩暈がし、足元がふらついた。
倒れそうになる私を、ムギちゃんが受け止めてくれた。

紬「唯ちゃん、大丈夫!?」

唯「私は……もう……人間じゃ……ないんだ……」

紬「何を言っているの!? 唯ちゃんは人間よ!」

唯「違う……私は人間じゃない……。ゾンビの……平沢なんだ……」

唯「私の……中に……怪物がいるの……。
人を……平気で……傷付ける事の……出来る……怪物……ゾンビが……」

紬「違う、貴女はゾンビなんかじゃないわっ!
とっても可愛くて、とっても優しい女の子、平沢唯よ!」

唯「私は……ひらさわ……ゆい?」

紬「そうよ、貴女は平沢唯、平沢唯なの!」

唯「ぅぅ……ムギちゃん……」
唯「ぅぅ、怖いよムギちゃん……。私、怖いよ……。
私の中に、ゾンビがいるんだよ……。
時々ね、そのゾンビが出てくるの……。
ゾンビが出てくると、私、自分を抑えられないんだよ……!」

唯「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっーーーー」

唯「私がみんなを傷付ける……ムギちゃんも傷付ける……」

唯「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……」

唯「怖い……助けて……誰か……お願い……」

紬「落ち着いて、大丈夫、大丈夫よ、唯ちゃん……」

浴室は、湯気が濃い霧の様に立ち込めていた。
白い霞の中で、ムギちゃんの姿だけがハッキリと見えていた。
紬「大丈夫、私が付いているから大丈夫よ……。
唯ちゃんを困らせるゾンビなんて、私がやっつけちゃうわ。
だから安心して。私はいつでも唯ちゃんの味方なのよ……」

唯「ムギちゃん……」

降り頻るシャワーの下で、ムギちゃんは私を強く抱き締めた。

私は大声で泣いた。

泣き続けている間、ムギちゃんはずっと頭を優しく撫でてくれていた。
大丈夫、安心して、と慰めの言葉を紡ぎながら。

浴室から出た私達は、髪も乾かさず、裸のままベッドに入った。
ムギちゃんの肌の温もりが、私の心を落ち着かせた。

その日、私達はワインを飲まなかった。

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