第10話・公国デモンストレーション







『アレク、おい』
『どうした、ノーマン』
『銃の手入れとかしてても良いか』
『おすすめはできない。政府の要人を護衛中に実弾入りの銃を…』
『うぇーい』

今日何度目かの、個人間通信でのやり取りだった。とりわけ騒音、振動諸々を遮断する高品質な公用車に乗せられて、ノーマンは大変に居心地が悪い。リムジン式なのでアレクは書記官の隣、ノーマンは助手席に、残りの席には人数きっかりのSPが同乗した。

公用車は公国へ向けて、荒野を突っ切る長い一本道をひたすら滑るように駆けていく。
両国で正式な国交が結ばれたのはここ数年の事で、お互い少しずつ手の内を見せつつカメの歩みのような外交を続けてはいるものの、民衆の行き来は昔から盛んだった。やがて互いの国に厳しいゲートが設けられ、物品の持ち込みはある程度制限がかかってしまったが出稼ぎ労働者は飽きず絶えず、帝国から公国、公国から帝国へと往来する。

帝国や労働力を、公国は情報や技術的資源を。互いに持ち得る物を物々交換するような形で双方は戦後の復興を進めてきたとも言える。そのような土台があっても尚、正式な国交という一番に発生するべき橋渡しが遅れたのはひとえに公国の技術力が余りに高く正体不明、いわゆる「ブラックボックス」の状態であった事が挙げられる。
その技術の粋、中心を成す記憶装置を今日、政府代表として彼らはじかに精査する事となった。

「アレク刑事」
「何だろうか、軍曹」

今度は口から直接声を発した。ノーマンの意図が分からないまま、アレクは律儀に声帯で応答する。

「あの公国の、何だったっけな、あれだ、ホールは使えないのか?」
「あれは良家でも上流階級の人間しか使えない移動手段だ」
『良家の中でも身分とかあんのかよ、めんどくせえとか突っ込むのもめんどくせえな』

私語だけは電脳通信でよこす。何日か行動を共にしてアレクは彼の要領の良さに何度も驚きを感じていた。真後ろで良質な紙製の書類に目を通す書記官は2人に目もくれず、SP達も歓談に気付く様子はない。
そういえば、とアレクは軍曹に切り出そうか迷っている事があった。
未だ、アレクもノーマン軍曹と酒を飲むほどの交友関係は無いが、それもじきに機会を得る事だろう。父としてアレクが慕う設計者、フランクリン博士は彼に良く聞かせたものだった。
「酒は人の内面を放熱と共にどんどん外へ出してしまう。だから気を許してくれた相手だけが、そいつのグラスが酒で満たされる様を見せてくれるんだよ」
だからお前も酒の飲み方を覚えておくれ、と「父」はアレクを時たま晩酌に付き合わせた。
その時の「学習内容」も役立てる日が来るだろうか。


10分ほど走った頃合いだった。軍曹が突然運転席と後部座席の仕切りを叩いた。遮光性と防弾機能を備えた窓を隔ててノーマンのまとう煙草の香りが検知された。
書記官は苛立たしげに書類をはじく。

「何だ、私は忙しいんだが」
「奴らの手の内について政府が把握しているであろう情報が、調査にあたっている我々にあまり伝わっていない現状は非合理的ではないか、と進言したく」

書記官は何秒か渋ってようやく、書類から顔を上げた。ノーマンはどこ吹く風、もとい至極悪気のない態度で護衛対象の指示を待っている。
たとえアヴェリン書記官が断っても彼は引き下がる事などないだろう。先日の実績もあって自分の発言が力を得たと自覚しているのだ。

片眉をつり上げた書記官はノーマンをじろじろと観察し、

「少佐がいないとつくづく横柄な男だな!これもれっきとした公務だと弁えて欲しいね、全く」
「書記官、彼も先日の調査で実績を上げております。私の保持している情報を到着までに閲覧させるのはいかがでしょうか」
「…良いだろう。ウイルスのチェックは任せたぞ、アレクセイエフ」

一呼吸おいて、専用のコネクタが助手席の横から飛び出した。アレクが目配せして自分の手首を示す。いつもの手袋は取り払い、清潔なコードをきちんと差し込んでいた。

『送信するよ。準備は良いかな』
『おーう。…そんなに容量でかくないな、こんだけか?』
『図面の数は然程多くない。代わりに公国の外交に関わる法律資料や締結された条約、またこれから締結するものも含めて取りまとめた契約書の類が多数。そこに…』
『アレク、俺もブラックボックスについては今の今まで、まーったく知らないままだったんだがな』

こちらに背を向けていたアレクが振り向いた。ノーマンも灰色のギョロ目を細めて、考えながらぽつぽつと通信を送る。

『ありゃあ、箱の形してるわけじゃねえのか?この研究所の地図見てる限り、何つうか、やべえぞ。でっかい大穴の上を跨ぐみてえに建物がおっ立ってる。まさか、箱ってのはこの地下の空洞に納まってるのか』

こんな建造物や空洞が国のほぼ中心に位置しているのか、とノーマンは網膜に映る画像を俯瞰図に切り替えた。重要な建造物もおよそその周辺に林立していると見えて、研究所がほぼ帝国で言う議事堂のような、まさに国の中心を支えていると考えても自然である。

『地下階そのものがメガストラクチャー、つまりブラックボックスの主要部分全般を格納しているらしい』
『…これ全部か…うえー』
『うえー?』
『うえー、ってのは帰りたい、腹減った、めんどくさい、すげえ腹立つ、ブラックボックスが名前詐欺でくそくらえ、って意味だよ』

ノーマンは通信なら息継ぎが必要ない仕組みを良い事に、ガンガンまくしたててそのついでに盛大に溜息を吐き、書記官に「感謝いたします〜」とジェスチャーを送った。書記官は眉間の皺をますます濃くして書類の束をガンガン膝に打ち付けた。

「軍も大概西部出身者や砂塵の民が幅を利かせているが、あれがそもそもの問題なのだ。前線のエースがこんな様子ではたかが知れるな」
「返す言葉もありませんね、次期外交官」

次期外交官、という言葉にアヴェリンはとても分かり易い反応を示した。
彼の経歴からすれば異例の昇進、その行く末が外交省長官なのだ。異例とはいえ東部出身のエリート官僚である彼にしてみれば、それは己の集大成、大躍進の賜物でありスタート地点なのだ。
書記官、もとい次期外交官。アヴェリンはおのれの出世に惚れ惚れするかのように書類を丁寧に仕舞いこんだ。

「到着次第、我々は公国首相と会見を行う。その間、お前たちは議事堂の外で警らを行うように。その後は国の中枢たる研究所の視察だ」

資料にも書いてある通りだが、とアヴェリンは自身の米神を叩いた。ノーマンはニッコリと、アレクを投げ飛ばしたあの時と相似形のような笑みを浮かべて雇い主をいなした。

『ノーマン、やめた方が良い』
『社交辞令で笑ってんじゃねえか』
『私は人間の表情から感情を、およそデータ通りに読み取る事しか出来ないが…書記官は怯えている』
『社交辞令ー』



皆が資料を読んでいる内に山を隔てた向こう、公国のゲートで公用車は滞りなく審査を済ませた。危険物は無論SP全員が装備済み、しかし殺傷力は無し。VIPを首相のもとへ連れて行く道中とあって、審査にあたった軍人達はうやうやしく帝国からの来賓を出迎えた。
無事、安全運転で公国を訪れた、そののちは怒涛であった。
帝国の厳正な選考を通過したジャーナリストは勿論の事、公国サイドのメディアも数多押し寄せて議事堂前での記念写真を撮り貯めた。

『メディアってのはどこも同じ、…って事もないか?持ってる撮影機器、見てみろよ。さすが技術立国ってだけはあるな。土産に買ってくか』
『食糧ならともかく、精密機器の持ち出しは厳しいチェックが入る筈だ』
『マジで。海尊とか他国に技術の切り売りしてる割に、表向きはクリーンって体裁保っても無駄だと思うぞ。おもちゃの模型くらいは駄目かね』

帝国の公用車数台の間を縫うように警備している間は恐ろしく暇だった。次期外交省長官と公国首相が異例の会見。その前に議事堂前で握手。
本来なら公国側の外交省トップが出向くものであろうが、今回は異例も異例の厚待遇だ。公国外交省長官と首相の2名がメディアの前で気品ある笑顔を見せた。
ノーマンは議事堂内で会見が終わるまで、ジャーナリストが撮影した写真を眺めていた。絵面は国を挙げての歓迎そのもの。だが真意は今一つ読み取れない。
あの男のようだと思った。
軍でノーマンの胃に弾丸を詰め込んだあの、喪服の男。

次は研究所でこの方と会見だ、と資料をピックアップされ、彼は思わず苦虫を頬張ったような顔をした。

一度死んだはずの、喪服の男。
濃い色のスーツに白衣を羽織った男が研究所前でにこやかに笑う写真だ。その隣には先日、ドンダオ教の寺院で出会った美青年。こちらも白衣を着ている。
研究所の関係者、それも重要な立ち位置に構える2人。
帝国で暗躍していた2人。

『アレク、警棒の動作確認をしておいてくれ』
『了解した。…君も私の護衛対象の1人だ。心して欲しい』
『おい、俺の台詞取りやがったな?お前も俺の護衛対象だ馬鹿野郎』


「ようこそ、ブラックボックス統合研究所へ!」

危うく銃を引き抜くところだった。
研究所の応接ルームで紅茶を準備して待っていたのはあの、ライゼナウだった。ライゼナウと呼べば何をしでかすか分からないので、本人の名乗る「レオナルド・イスキ」を呼称とする他はないのだが。本当ならライゼナウと連呼して、この男がなぜそこまであの名前に激昂するのか探ってやりたい。
この美青年の笑顔や爽やかな香水の香り、全てが不快感と警戒心を呼び起こす。今日はしなやかな高級スーツに絹のネクタイを結び、軽く撫で付けた髪は目と同じヘーゼルブラウンを湛える。

背中に軽い感触を感じた。アレクがノーマンにサインを送っている。

『気を鎮めて。君の脳波が少し疲れを感じている』
『今すぐこの部屋をクリアリングしようぜ。まずはあの坊主だ』
『それはやめて欲しい』

メディアは帝国側の動員も含め、研究所から締め出されている。ノーマンは心おきなく肩をすくめてみせた。

「お会いできて光栄です、イスキ副所長。このように若く立派な青年だとは思いませんでしたよ」
「身に余るお言葉です。しかし当研究所所長である安濃津博士からの助力があってこそ、僕はこのように自由に研究活動を行える身分にあるのです。所長も書記官の来賓を楽しみにしていました。しかし、見ての通り…」
「ええ、度々ブラックボックスは不規則なメンテナンスを必要とする、と聞いておりますが、今回も?」

イスキ副所長はたおやかな目元を細めて、しおらしく事の次第を詫びた。

「その通りです。とても精密なメガストラクチャーである事はお伝えしていましたが、このような日に重なってしまうとは、申し訳ない限りです」
「いいえ、この国の功績は帝国でもじきに公のもととなるでしょう。ブラックボックスが各地の浄化装置を動かす中枢であるというこの偉大な功績、そしてそれを支えられるのも貴方がた研究所員だけであるという事」

この部屋をクリアリングしたらこの地球の未来もクリアー、ってか。
その事実を知ったのもこの来訪直前の事で、ノーマンはあまりの衝撃に少佐をぶん殴りそうになった。
思えば全く不思議ではないし、この国が謎めいている理由の一つと言えなくもない。秘匿という防御壁が各地の浄化装置を資源泥棒の手から守ってきたのだ。
しかし腹立たしい事には違いない。ノーマンはまたアレクに宥めてもらう事にした。アレクのモスグリーンの瞳が無言で彼の心に凪をもたらす。アレクの目はその奥に精密なレンズを幾重にも重ねた構造で、日を通した様はある種の宝石のようである。
人を落ち着かせる。アレクはそのように設計されたモデルなのだ。彼のの穏やかさのおかげで、何とかあのムカつく副所長のデモンストレーションにも付き合う事ができた。これが無ければ今頃愛銃の弾倉はカラだ。

アヴェリンとイスキが紅茶を半分ほど飲み、書類一式を次々円滑に確認していく中で、ふとイスキが顔を上げてSP全員を見渡した。

「アヴェリン書記官、いや、いずれ外交省長官となる事が決まったそうですね。この機会に防護服を着て頂いて深部もお見せしたいのですが、いかがでしょうか」

ノーマンとアレク以外の全員がどよめいた。書記官の顔から色が消えるのが良く見えて少々可哀想とも言える。

「し、しかしあのメガストラクチャーというのは…」
「所員も毎回防護服を着て作業にあたっています。とは言っても、過去にブラックボックス内部で有毒物質が検出された記録はありません」
「では防護服というのは」
「温度、ですね。現時点でブラックボックス内部にて最も古い記録は12世紀前のものですが、恐らくそれ以上の時を経て稼働を続ける構造体なのですから。その為、深部に潜るほど、人間には少々厳しい低温に保たれているのです」

SPの1人が書記官に電脳通信を飛ばした。
危険だ、書記官と一部の護衛を残して我々だけで視察に向かう、と。
それも十分に可能だろう。だが、書記官は眉間に力を込めて副所長に向き直った。

「防護服を一通りチェックさせて頂く事は可能でしょうか」

SPは少々ためらったが、引き下がる他はない。書記官も帝国代表としての意地を見せたか。意地で済めば良い話ではあるが、ノーマンとしては「面白い」と書記官への印象を改めた。
しかし相変らず、イスキ副所長の笑顔が気に障る。一瞬ちらとこちらを見て、一層笑みを深くした時にはノーマンの拳に血管が浮き上がっていた。


『アレク、どうだ?』
『書記官の許可なしには伝えられない』
『俺の着る防護服だけなら良いだろ。どんなスペックなんだ?穴とか開いてねえだろうな』
『それは問題ない。だが、帝国でも見た事のないフィルターや酸素ボンベが搭載されているし、軽量化技術も帝国軍の比ではなさそうだ』

ノーマンはその場にいる全員に聞こえるような舌打ちをかました。書記官からけたたましいアラートが送信される。
くそくらえなものは仕方がないではないか。
研究所を始め、公国のテクノロジーは嫌と言うほど見せつけられた今だ。その中枢たるブラックボックス内部への視察など、デモンストレーションの極みではないか。前置きなど取っ払ってさっさと本題に投じてはくれないものかと、ノーマンは爆発寸前だった。

「貸せ」
「おい、カーライル軍曹!」
「書記官、安全を配慮して自分がまず着てみせます。それに、所長のお仕事風景を早く拝見したいじゃありませんか」

背後でイスキが鋭く笑う、気配がした。副所長でこの調子だ。研究所お抱えの護衛も見当たらない。
所長の動向には期待できそうだな、とノーマンは再び闘志をたぎらせた。

「僕の着る防護服も念のため分析してもらえるかな、サーティーン・コードさん」

イスキが至極気さくに進み出たが、こいつも根幹に自分と似たものを滲ませている。ノーマンは確信した。
細身に見えて無駄のない肢体。
恐らく、こいつも血の焼けつく匂いに焦がれているくちだ。



移動手段は継ぎ目のないガラス瓶のような昇降機だった。どのように製造されたかも、また何を原動力に動いているのかも分からない。アレクは書記官からの問いに始終首を振っていた。
昇降機はメガストラクチャーを突っ切るように下っていく、かと思えば壁に沿って速度を上げたり、減速して横方向へシフトしたり。緩やかなカーブを描く事もあった。
予想以上に内部は複雑なようで、これは管理にもかなりの労力を要するだろう。アレクはふと開けた場所に出た辺りを狙い、下方を走査してみた。

『3000メートルほど先に行き止まりらしきものがあるが、それより向こうは私の目では追えそうにないな』
『3キロって何だよ…俺もう帰りたいわ』
『私もだよ。君のお子さんに会いに行きたい』

防護服越しにノーマンのギョロ目が大きく動いた。

『てめえ、俺のプライベート・フォルダ覗きやがったな?資料を受け取った時か』
『正解だ。君の娘さんと愛犬の画像、ありがとう。とても賢そうな女の子だね』
『見て分かんのかよ、さすが解析の鬼ってか?学年で1番の秀才だぜ。犬のイワンも学校の広報活動でよーく喋って人気者だ』
『君よりもお喋りなのか』
『会って比較してみろよ。次の休暇にでもよ』
『喜んで』

イスキがモニターに電脳を接続し、昇降機を減速させる。数人のSPと書記官を乗せて機内はすし詰めだ。

「右折してまた下ります、手すりから乗り出さないでくださいね」

手すり、と書記官が聞き返す間もなく今まで昇降機を囲っていたガラス壁が溶けるように消え去った。防護服越し内部に影響はないが、あまりの唐突な構造変化にアレクの瞳が急激に収縮を繰り返した。

『大丈夫か?』
『問題ない。しかし、ここは…』
「サーティーン・コードでも解析は追いつかないだろう?」

イスキは下降するほど上機嫌になっていく。ノーマンらを含むSP達が動揺する書記官を囲んで万が一の時に備えた。だがおよそ皆が護衛を束の間忘れたに違いない。

そこは「筒」だった。
底無しの筒が、下手をすれば入口も出口も見えない筒の中心に昇降機は静止した。

壁は一様に、まさに底なし沼のように黒いが幾何学的な模様に彩られ、蛍か、ネオンサインか、あるいは血脈のような色とりどりの光をあらゆる角度から発し、何かを訴えている。
SPの1人が声を上げた。壁の一部がするすると紡錘形のパーツを伸ばし、上部から降りてきた立方体型のパーツとドッキングした。壁は新しく出来上がったパーツに合わせるようにぐにゃりと変形し、積み木のようなパーツをピタリと出迎えた。

書記官が感嘆と共に、

「圧巻…ですな」

と呟いた。イスキは自慢気に笑う、ような事はせず、書記官に対し深い同意を示した。

「この僕でさえ初めて内部に、ここに降りた時の事は忘れられません。そして研究所でさえ、この『箱』の最深部まで発掘を達成できていない。しかし落下する心配はありません。昇降機には念のため重力を付与していますが、アンチ・グラビティシステムが『箱』全体に働いているので、壁を伝って単体で上昇する事も可能です。
壁という壁は全て無機と有機両方の特性を併せ持つ、我々がハイブリッド・ニューロンと呼んでいる物質で構築されています。現在その製法は再現できていませんが。そしてあの辺りから下部へ下るほど密集する、ブリッジに見えますがそのニューロンの樹状突起にあたるバイパスがあちこちに通っています。先ほどのパーツ移動はメンテナンスが成功した結果だったのです」

それを聞いてやっと書記官は大きく息をついた。今にもへたり込みそうだ。

「それで、安濃津所長は今日中にお会いできそうですか」
「それは問題ございませんよ。もうすぐシンクロから戻ってくる筈ですから」

イスキは書記官をさり気なく支え、微笑んでみせた。中々に見応えのある妖艶な微笑だ。あの書記官ですら若干顔を赤らめている。
だが、一国の代表にそう易々とボディタッチされてはかなわない。周囲のSPも流されてどうする、とノーマンは憤慨し割って入ろうとした。
ゴワゴワした手袋がぎゅ、ぎゅ、と威嚇するように軋んだ。遠くでそれに呼応するような緑の光が見える。そして、

「間に合ったようですね、先生」

イスキがにっこりと笑って書記官と握手を交わし、すっと昇降機の外を示した。

今度は何だ。
ノーマンは青筋を浮かべて防護服を脱ぎ去りそうになった。それをアレクが問答無用で止める。

『−30度だ。止めた方が良い』
『じゃあ、あいつは何だって平気な顔して浮かんでんだよ』

緑の光は1つ1つが細くカッティングされたガラスのようだ。極細のファイバーかサイリウムのようでもある。
それらがいつの間にか集合し、まず肋骨の形を作り上げた。間違いなく人間の。
護衛は皆、手持ちのロッドや銃に手を伸ばしている。その間にも光は、今度は背骨を作り上げた。骨盤も申し訳程度に、そして間髪入れずに頭骨が美しい曲線を描いて形を成した。
まさかシンクロとは、そのような意味なのだろうか。
上半身のみの骨格が所員を表す記号、つまり白衣で包まれ、モデリングのような工程を経てあの男の顔が形作られた。
深い緑の、若干どぎつい蛍光も含む複雑な色から徐々に肌色を成す男の顔は、あの喪服の男そのものであった。




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