第8話・初仕事







「とにかく資材も人材も足りてねえ街だからな、特需どころじゃねえんだろうさ。あっちこっちで人が増えて消えて、俺が考えるにこれはカニバリズムの横行…」
「念のため聞いておくが、それは冗談なのか」
「言われなくとも俺サマ渾身のジョークだよ」


その日の午後には、アレクとノーマンの2名は海尊街へと急いだ。
警察と軍による大規模なローラー作戦は既に展開済みである。マシャラというどこにでもいそうな少年の居所はほぼ特定され、後はこの2人が現場を押さえれば任務の第一段階は打破された事になる。
とはいえ、居所の「候補」は未だ数多く、ノーマンとアレクに課された時、任務は存外こじれていた。

「で、どう思う。アレク」
「どう思う、というと」
「この街だよ。街っていうには少々雑居ビルを積み過ぎだし、今後どこが崩れてどこが盛り上がるのかもさっぱりな発展途上のかたまりだ。お前みてえな重量級が違法建築の床を踏み抜かねえように調べるには、どこから攻める」

皮肉半分、アレクの腕試し目的が半分の設問だった。
ノーマンもアレクの前歴には目を通しているし、その柔軟性はある程度評価している。人間でもある程度座学や実戦を経てからでないと出来ない事も、彼は得意の「学習」によってクリアしてきたようだ。
素直に喜べるものではないが、その経験を基盤としてアレクはノーマンの事も評価している。後は互いの歩み寄り、スタンドプレーを程よく残したチームワーク戦への慣れ、という事になるだろう。

アレクはひとつ瞬きをして、積み木のように積み上がった雑居の城を見上げた。

「単独であっても軍曹と2人であっても、まず問屋の群体を形成している地域を当たりたい。もしくは規模の大きな建築現場」
「その心は」
「市場でなく問屋街であれば、生体パーツを非合法で卸している店は多い筈だ。そこで警察があらかじめ調査したルートの深部を辿る事が出来るし、少年の目撃情報があの一帯に集中しているのも頷ける。探すほど何かしらの足掛かりを得られる可能性がある。
そして次点に、海尊街の建築現場やはり違法な改造が頻発していて、必然的に事故が頻発する。だからおよそどこでもサイボーグを多く雇う。聞き込みをすれば恐らく生体パーツに関する最新の取引情報が手に入るだろう」
「…まあ及第点だな」

ノーマンとしては裏路地で適当に、小ずるい卸売業者か日雇いサイボーグなんかを捕まえて絞り上げ、少年の居場所を辿るつもりでいた。多少騒ぎを起こせばあちらから動いてくれる可能性もある。
多少の根拠はあった。先日、彼を襲った喪服の男。彼は「良家」へ政府が干渉する事に半ば好意的だったからだ。マシャラが研究所と関わりを持っているなら、これは彼らのまき餌とも取れる。食いつくなら今だ。
とりあえずアレクの正攻法も評価に値するということで、ノーマンは茶々を入れてみた。

「そのマシャラが影と共に消えた、って目撃情報。信じるか?」

アレクは緑の目をまた閉じる。そのほんの少しの間が余計に、彼に人間らしさを感じさせて気に食わない。

「人間の目でそのように見えたのであれば、目撃者は電脳をハッキングされていたのかもしれない。あの研究所でそのような移動技術が実用化されている可能性も捨て切れないが」
「何だよ、警察でも解析し切れてねえってか」
「危険である事は確かだ」
「へいへい。で?どこから探す。俺にも新しい情報が警察本部から送信されてきたぜ」
「…生体パーツ運搬専用トラックだ。急ごう」

2人の視界には共通の捜査情報が展開されていた。
随分と大型のトラックが問屋通りに無理やり停車したらしい。それと共に、街全体ががやがやと動き出したような気がした。


程なくして、最寄りを巡回していたロボットが映像をリアルタイムで2人に送った。車やバイクの乗り入れがまだまだフリーダムなこの街でも、その巨大なトラックはよく目立つ。これほど大手を振ってパーツの売買が行われるなど、前代未聞とは言わないが帝国警察の巡回を前に、中々の見ものである。

「少年の生体反応は?どうだ」
「今のところ感知していない」
「だろうな…こりゃ少々派手過ぎる。ブローカーの重鎮がしゃしゃり出てくるわけにもいかねえだろうな」

囮か、餌か。ノーマンは青い空を仰いで考え込む。
これだけ大きな売買ならむしろ、この街のどこかで真面目に連動した仕事を担当している可能性もまあ、ある。どこかというだけでやはり確証に欠ける点は、今まで逃げおおせてきただけある。奴のやり口が子供のそれではないと判断する材料にはなる。

「全くどこにいるんだろうな」
「…軍曹」
「あん?」
「トラックの停車位置から南東に直線距離で543メートル。東道(ドンダオ)教の布教施設はまだ捜査の手が入っていない」

ノーマンはぽかんと口を開けた。ロボットの口から宗教の話が出るとは。しかも政府さえお手上げの、繊細な政治問題を山と抱えた宗教施設の調査をこのカタブツが提案するなんて。
いやしかし。

「そこで坊ちゃんがお仕事してるってのか?根拠は」
「可能性のひとつでしかない。しかし以前から捜査陣も手を焼いていた区画だ。ここからもそう遠くはないし、海尊であっても一部の者しか出入りしていない」
「いや、できねえんだ。神聖視されてるってのもあるし、お前ら警察の言うようにこの街でも格段にヤバイ奴が隠れ蓑にしてるって、少しでも街に関わった奴なら百も承知だ」

聞いた限りの話をアレクに説明していく内に、ノーマンは段々と何かが滾るものを感じた。
やってやろうじゃないか、と、心が騒ぐ。前線にない険しさがノーマンを奮い立たせる。

「東道教ゆかりのテンプル観光といくか」
「軍曹、それも冗談か?」
「いいや、今度は大マジだぜ。東道の寺なら子供集めて手習いも教えてるしな…」

アレクは目を見張り、力強く頷いた。全く、このAIは。

ノーマンから連絡を受けた本部は当然渋ったが、ここ数か月何度も裏をかかれ、煮え湯を飲まされてきただけある。彼らに厳重に念を押したうえで増援をよこす旨を伝え、通信は途切れた。

「だってよ」
「『くれぐれも慎重に遂行されたし。下手をすれば国際問題に発展する場所での捜査であるから、場合によってはこちらで擁護できない事態に陥る可能性がある』」
「つまり『勝手にやれ、責任を負うのはお前らだぞ』」
「軍曹、それはどのようなプロセスを経て要約した結果なのだろうか?」
「官僚の得意な奥の手が発動した時はそーなる、って経験をもとにしただけだよ」

ホルスターに据えた大型のリボルバーが潜入用の私服のジャケットに隠れ、ノーマンの闘志を待ち息を潜めている。そこに手持ちはもう一丁、サブで愛用しているグロック18、それから旧式の麻酔銃。かたや大戦前に出回ったデザインを踏襲した自動拳銃、そこに人間相手に改良を施されたショックガンが加わったわけである。
今回はどれも出番があるかもしれない。ノーマンは腕をゴキゴキ鳴らしながら路地裏を急いだ。



電脳に最新の俯瞰地図を映し出して幾つもの薄暗い角を抜けた先は、表通りの派手な看板を何重にも圧縮したような極彩であった。
突然の情報量に、人間であるはずのノーマンですら軽く目眩を起こす。元々色素の薄い灰の目が仇となったのかもしれない。
寺そのものは確かに観光スポットとして申し分ないほど見事なものであった。裏に回ったはずなのに、朱色をベースにした造形のあちこちに豪華で繊細な調度品が垂れさがり、太い柱を通じて屋根から床へと良く分からない動物の彫り物が惜しげもなく施されている。
これほどに作りこんでおきながら、未だ入り口付近や寺の奥の方で増築工事が行われているらしく、思ったより一般人の出入りは多い。
ノーマンもアレクも白人系の風貌であったが、私服を着込んだ観光客、程度には見えるかもしれない。

「アレク、お前はあの柱の辺りで、地図を広げるフリして近辺の生体反応を探れ」
「貴方は」
「ちょっと知り合い見つけちまったから、挨拶してくるわ」

ノーマンの笑顔は見るものが見れば危険なサインであったが、アレクはまだそういった「学習」を進めていなかった。要は兆候に気付かなかった。
軍曹は一直線に、建築現場で怒号を発している小男を目指して突き進む。スニーカーとは思えないガツガツした足音は当然、小男含め雑踏の耳によく届く。
振り向いた小男はこの世の終わりかというように顔を引きつらせた。

「こ、これはこれは!軍曹!いかがしましたかね、身かじめ料なら一応、相場をお支払いしておりますが、いやはや、いったいどちらから…」
「はあ?てめえまさか、この街でもそんな前時代的な小遣い稼ぎやってんのか?ついこの前まで東道教のチラシ配ってたってえのになあ、なかなか思い切った罰当たりじゃねえか?おい」

第一、俺は取り立て屋じゃない。
ノーマンはその豪胆な目力で小男を建材に縫い付ける。
寺の裏手から入り込んだ筈が、辺りが尋常でなく剣呑で押し黙ったような空気に包まれてしまった。

「ルントー、今日は俺から折り入って頼みがある」
「へい!?」
「てめえの身柄は俺たちが保証する。それだけは約束してやる。この意味が分かるな?」

ルントーと言うらしい小男の顔がいよいよ血の気を失った。俺は何もしてない、関係ない、と甲高い声でまくし立てる。しかし、誰も、周囲で作業にあたっていた誰もが彼と目を合わせようとしない。
脆いものだ、と嘆息すると同時に、騒ぎが最奥部に伝播しない内にと、ノーマンはアレクに電脳を飛ばした。

『アレク、奥の大部屋で子供達が読み書きを習ってる筈だ。良いか、ヘマすんじゃねえぞ』
『了解した。しかし、軍曹』
『何だよ』
『暴力は最低限に抑えて欲しい』

ルントーは今度こそ甲高い悲鳴を上げた。柱の陰から2メートルに及ぼうかという、くたびれた格好の白人が現れたのだからたまったものではない。寺で働く信者や参拝客の姿は元より見えなかったが、この頃には労働者達は完全に姿を消していた。

ここからは時間との勝負だ。内部の者がこの騒ぎに気付いていない方がおかしい。
アレクも自分の想定していた捜査手順を次々組み替えるのに忙しく、予定外の急務を早急に本部へ伝えた。当然、返信には指示役達の「怒り」や「呆れ」が滲んでいた。

ノーマンは彼らが考えるより遥かにせっかちで、荒っぽくて、拳と鉛玉に頼る男だったのだ。

参拝客に紛れて裏門から迷い込む、といった手筈はアレクも軍曹に確認していた。人間である彼の柔軟な思考に合わせ、行動するのが巡査ロボットの行動ベースと合致していたのだから、これも「及第点」的な選択であった。それがこのような大騒ぎに繋がるとは、アレクが人間であれば頭を抱えていた事だろう。

しかし、彼のスキャニングにより対象は既に捕捉済みであった。裏手から入った方が近い部屋、確かに大部屋にマシャラのバイタルサインを察知したのである。反応したレーダーも実は試験段階で、しかし対象との距離を詰めれば精度は相当なものである。間違いなくこの寺だ。
背後で恫喝に勤しむノーマンにも全ての情報を送った。増援と歩調を合わせての乗り込みは何とか叶った為、後は待機するのが適切だろう。参拝客に紛れ込んでいる猶予も無いので、アレクは寺内部の動向を探るべくスキャニングを続行した。

しかし、アレクが注意を前面へ集中させた途端、獣のような奇妙な喘ぎが彼の聴覚を掠めた。
アレクの全身がアラートに染まる。警戒せよ、注視せよ、と。
この声。実習で聞いた覚えがある。

「軍曹!」
「来るんじゃねえ!ヘマすんなって言ったばっかだろうが!」

唸り声の主はルントーだった。ノーマンがガッチリ組み敷いて指一本動かせない態勢にある。そのように押しつぶされたにしても奇妙な声である。
間違いなく、この男は脳に細工を仕込まれている。アレクにも検知できなかったとあっては、恐らく最新技術か、海尊のコピーを経て違法に改造されたシステムだ。

「海尊仕込みの人間爆弾だ。まさか、あちこちに出歩いてる人間爆弾共のボタン握ってる本人まで加工済みとは想定外だったけどなあ…」

ルントーは白目を剥いて泡を吹いている。話せる状態にはない。
起動途中でノーマンの強制的なアクセスが間に合ったという事か。

「軍曹、解除であれば私が担当する」
「アホかてめえは!今ガンバって解除してやっから、お前は増援連れてさっさと突入しろ!こいつに爆破命令が下ったって事は、他に起爆の権利を握った奴が近くにいるって事だ。裏門ぶち破ってでもそいつを見つけ出せ!」
「軍曹」
「俺を、失望、させるな」

ノーマンの逞しい腕がガクガクと揺れる。正気を無くしたルントーは相当な力で暴れ回っていた。
脂汗を浮かべながらノーマンはアレクを見上げる。アレクは首から個人間通信用のコードを引き出しているところだった。逆光が眩しかったが、ノーマンはブチ切れた。

「てめえ…」

アレクの存外白く大きな手が下りてくる。器用にノーマンの指を潜り、ルントーの首筋にコネクタを接続した。

「軍曹、貴方には娘がいると聞いている。数年前の震災で孤児を引き取ったと」

その手際に比例するように、アレクの声色は穏やかで有無を言わせぬものがあった。
段々とルントーの動きまでもが緩慢になっていく。ノーマンは人間爆弾を押さえ込んだまま、爆破回路を解析してあんぐりと口を開く。

「ワクチン持ってたのか?」
「いや、過去に事件から抽出したコードのストックを基盤に、この場で解析と分解処置を行った」
「んなアホな…そんな反則技使えるならもっと早く言えよ。ほんっとに嫌な奴だな」
「軍曹、私には人間の、いわゆる善の心しか行動に表せない。そのようにプログラムされている。したがって、貴方を非常事態に晒したまま捜査を続行する事は、不可能だ」

ノーマンは拘束を緩めた。ルントーは湿気た毛布のように地面に落ちた。昏睡状態。起爆回路も完全に除去されたと見える。
そして未だ地面に伏すノーマンの全身を伝って、勝鬨のように大勢の足音が響き渡る。

「娘を持つ貴方を危機的状況に投下する事もできない。私は増援と共に突入するが、軍曹は…」
「それ以上ほざいたらウイルスぶち込むぞ」

ノーマンは自分より上背のあるアレクを睨みつけた。
土埃にまみれて迫力を増したMuddy Mad(泥んこ怒りん坊)は牙を納め、機械製のバディをただ睨みつけている。

「…ひとつ約束して俺とこのまま突入しろ」
「聞ける範囲であれば」
「上司にゴリ押しして俺の娘と会う時間を作ってくれ。以上」

アレクが聞きなおそうと深緑の瞳を見開いた。その時にはノーマンの砂まみれの背中が真っ赤な裏門をすり抜け、アレクの視界から消えていた。


「スキャニングした内部構造と感熱式探知で特定した人間のおおまかなポジションだ、送信する」
「嫌味なくらい解析の鬼だな!こりゃ増援いらねえんじゃねえか?」
「正門の制圧に回ってもらわないと…」

ノーマンは正論のかたまりを野卑な笑いで制する。中々立派に敷地を占有しているだけあって、広い寺だ。前衛は当然ノーマン、アレクは後衛に据えて、互いの得物を素早く構えて忍び足で進む。
ノーマンはアレクから得た情報を見て、迷わず麻酔銃を選んだ。
屋内にいるのは恐らく、子供のみ。子供が起爆装置を持っている場合も当然想定内である。しかし考えるだけでノーマンは義憤に駆られ、海尊街という街の闇に心を抉られた。
アレクはノーマンに身振りで「健闘を祈る」と伝え、ロッドを構える。ただしこちらは重さ40kgの立派な凶器で、所定の大部屋に到着すると同時に起動。全体が高熱で瞬く間に赤く輝いた。

今だ、扉を破れ。

ノーマンのGOサインは金属を破る凶暴な怪音に彩られた。

扉は手前に、つまり子供に当たらないように引き倒され、石の床にめり込んだ。子供達が悲鳴を上げ、文机や筆記用具が辺りに散らばる。悲鳴に目をつぶれば授業前の混沌とした平和な教室とそっくりな騒がしさで、ノーマンは胸が締め付けられる。
ノーマンは決して狙いを外すまいと麻酔銃を構えた。

「よーし良い子だ!全員両手を頭の後ろで組むんだ!届かない奴はバンザイしたまま動くんじゃねえぞ…OK、そのまましゃがんで、ゆっくり座れ。少しでも動いたらいってえ注射すっからな、覚悟しとけよ」

慌てて座る子や2人、3人で互いにすがりついたまま伏せる子達、ノーマンとアレクを涙目で睨みつけながらしゃがむ子と様々だが、皆が一様に怯えを隠さない。
ノーマンが歩を進め、ロッドを通常の重量級に持ち替えたアレクがそれに続く。

「軍曹」
「ああ…嫌なご時世だ」

次々と壁が収納されるように子供達がしゃがむ。次々と。
その中でただ1人、一切に反応せずこちらを見つめる少年がいた。
アレクが明瞭かつ頼もしい発音で、その少年に告げる。

「マシャラ、君には任意同行を願う。君は少年少女法に守られている事をここに明言すると共に、我々警察は君自身にかけられた容疑を検証、捜査し明らかにする義務がある事を分かってほしい」

震える子供達の誰もがみすぼらしい格好で、マシャラもそれに倣ってくたびれたTシャツにジーンズを履き潰している。この場に相応しい事この上ないのに、この違和感は何だろうか。

「アレク、スキャンは」
「…この子が起爆装置を持っている。尻ポケットだ」

つくづく嫌なご時世だ。
アレクに他の子供達の監視は任せ、やがて大部屋になだれ込んだ増援にも軽くジェスチャーで応えておく。これだけ待たせておいて何て奴らだ。増援するにしても、十分過ぎる重装備でこちらの私服が不自然に見えるほどだ。
ノーマンはマシャラに向き直る。
後は、注意すべきは、

影。

少年の足元から、煙にしてはあまりにもくっきりとした、言うなれば空間を黒く塗りつぶしたような直線的な「黒」が沸き起こった。バリバリと、空間を食いつぶすかのようにそれが速やかに広がって、あっという間に少年の背後に大きな「穴」を形成した。
子供達や増援までもがざわめいた。

穴の中心を見据え、ノーマンは今度こそグロック18を構える。余りに威力が高く、市販されていないお墨付きの自動拳銃だ。
マシャラに当てるつもりは更々ない。当てないという確固たる腕前を彼は有してここに立っている。

グロック18が照準を合わせたのは腕だった。影からぬっと伸びた白い腕。いや、上質な純白のシャツに包まれた男の腕だ。
腕はするりとマシャラに巻き付き、マシャラもそれに応えて手を握り返そうとした。
今しかない。
ノーマンは撃った。少年の頭上を越え、弾道は確実に腕の付け根を捉え、そして、
ぐにゃりと空間が波打った。

「くそったれがぁ!!」

ノーマンは腕に向かって怒鳴り散らした。空間を伝うさざ波に囚われた弾は暫く宙をさ迷った後、ぽとりと木の床に落下した。

ノーマンが青筋を立て、銃の照準は固定したまま影を睨みつける。

『アレク、解析は』
『研究所の技術だ。限られた人間しか使用できない空間転移目的のホールが開いている』
『どこに繋がってるか分かるなら解析続行だ、動くんじゃねえぞ』

動かれてたまるか。絶対に取り逃がしてなるものか。
ノーマンはマシャラを睨みつける。力づくで彼に近づこうにも、鉛玉と同じく跳ね返されるに違いない。
鬼の形相に射すくめられたのか、流石の少年も少したじろいで白い腕にすり寄った。それに応えて影の中から腕の主が顔を出す。

美青年、としか言いようがなかった。
ヘーゼルブラウンのしなやかな髪をゆるやかに撫で付けた、歳は20かそこらの青年が半ば普段着で影の中から身を乗り出している。
それにマシャラはようやっと安堵したようだ。青年の首に腕を回して抱きついて、影にさっと飛び込む。
青年は手中に収まった彼にそっとキスをした。額に落ちる、ごくごく軽いキス。
マシャラはほんの少しだけ、間近で睨みつけていたノーマンに辛うじて見える程度の微笑を浮かべた。そのように見えた。
それが余りにこの場にそぐわない妖艶さを纏って、場の空気を奇妙な色で塗り替えてしまった。




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