狂ったブラッジャー(2) ** その日の夜、リンは、どうしてか眠る気になれなくて、談話室で本を読んでいた。 他の生徒たちは、興奮覚めやらぬままに、ベッドへと行ってしまった。静まり返った談話室に、スイの寝息と、本のページを捲る音だけが響く。 本を半分くらいまで読み進めたとき、小さな物音がした。 リンは、顔を上げ、パチリと瞬いた。そこにいたのは、背の高い黒髪の男子生徒 ――― セドリック・ディゴリーだった。 「……やあ、リン」 「……こんばんは、ディゴリー」 どうしたのかと尋ねると、彼は「寝付けなくて」と返した。 彼も、クィディッチではシーカーのポジションだ。今日のハリーのプレイに、何かしら思うところがあるのだろう。 そう結論付けるリンの方へと歩み寄り、セドリックは、彼女の傍に立った。リンは不思議そうに彼を見上げる。セドリックは、深く息を吸い込んだ。 「……ずっと、お礼が言いたくて。でも、なかなか、言い出せるチャンスがなくて。でも、その、いまなら、言えると思って」 「……お礼……?」 「ほら……去年の冬、クィディッチで」 「……ああ、あれ……別に大したことしてませんよ。勝ったのはあなたの実力です」 だからお礼など言わなくていいと言うリンに、セドリックは頭を振った。 「君の言葉がなかったら、あんなにいいプレイはできなかったと思う」 だから、ありがとう。 そう口にする彼の目があまりに真っ直ぐだったので、リンは素直に受け取っておくことにした。 それきり二人共何も言わなくなり、談話室の中に沈黙が流れる。だが、前と同じく、そんなに気まずさを感じない。そう感じつつ、セドリックはリンを見つめた。 前に対面したときより、また少し大人びたように思われた。物静かで落ち着いた、繊細な女の子という印象が、ますます強くなっている。 そんな見かけとは違い、実は、大雑把で意外と感情的で、少し毒舌で腹黒いところがあることも、当然セドリックは知っている。しかし、そんなアンバランスさも彼女の魅力だと思えるのだから不思議だ。 リンを見つめるセドリックの目が、ゆっくりと柔らかく細められていく。リンは居心地が悪そうに身じろいだ。はたとそれに気づき、セドリックは、瞬きをして、視線を微妙に逸らした。 「……ええと、もう遅いし、僕は寝るよ」 リンは小さく頷いた。セドリックは、リンに挨拶をしたあと、踵を返して自分の部屋へと帰っていった。 再び誰もいなくなった談話室で、リンは読書を再開した。すぐに本の内容に吸い込まれていく。 今度は邪魔されることなく順調に読み進めていき、残っていた半分のさらに半分まで読み終えたときだった。 部屋の隅でパチッと大きな音がした。 リンは顔を上げて、息を詰める。小さな生物が、そこにいた。 耳はコウモリのように長く、ギョロリと飛び出した緑の目は、テニスボールくらいの大きさだ。ドロドロに汚れた、古い枕カバーのようなものを身にまとっている。 「リン・ヨシノ!」 その生物が、どことなく聞き覚えのある甲高い声を出したので、リンは、彼(たぶん彼で合っていると思う)が屋敷しもべ妖精だと気づいた。 → (3) |