狂ったブラッジャー(3)



「こんばんは……君はどちら様?」


「ドビーめにございます。ドビーと呼び捨ててください」



 絨毯に鼻の先がつくほどに、ドビーは低く深くお辞儀をした。リンは少し居心地が悪く感じた。無駄だろうなとは思いつつ、リンは彼に言う。



「ドビー、お辞儀なんてしなくていいよ。もっと楽に……とりあえず、適当に座って」



 リンが、前にある椅子を指差して言うと、ドビーはわっと泣き出した。 スイが起きてしまうのではと、リンが心配するほど、うるさい泣き方だった。



「す ―― 座ってなんて! そ ――― そんな言葉を、また聞けるなんて!」



 喉を詰まらせるドビーをなんとか宥め、リンは、彼を椅子に座らせた。



「ごめんね、君の気に障ることを言うつもりはなかったんだけど……」



 ドビーは首を横に振った。耳がパタパタと音を立て、涙がそこらに飛び散った。

 しばらくすると落ち着いてきたようで、ドビーは、リンを見上げた。大きな目は、まだ潤んでいる。



「リン・ヨシノは、ハリー・ポッターと同じことをおっしゃる……なんてお優しい方……偉大な方……」



 リンは、自分の顔が色づくるのを感じたが、それよりも気になることがあった。リンは、ドビーを刺激しないよう、慎重に言葉を選んだ。



「ねぇ、ドビー。君……その、ハリーに会ったの?」



 ドビーの表情が凍りついた。石化呪文でも食らったかのようだった。彼は、その場に硬直したまま、恐々とリンを見つめる。そして、そっと口を開いた。



「ドビーは……ドビーは、リン・ヨシノに警告を申し上げるために参りました……ハリー・ポッターと同じ警告を……」



 屋敷しもべ妖精は、大きく身震いした。さらに声を落とし、囁く。



「罠でございます、リン・ヨシノ。ホグワーツで世にも恐ろしいことが起きている……あなた様はここにいてはいけません。歴史が繰り返されようとしているのです……」


「……『秘密の部屋』について言ってるの?」


「ああ、お聞きにならないでくださいまし。哀れなドビーのために、もうお尋ねにならないで」



 ドビーは、零れ落ちそうなほどに目を見開いて、口ごもった。



「恐ろしい闇の罠がここに仕掛けられているのです。それが起こるとき、リン・ヨシノもハリー・ポッターも、ここにいてはいけない……お二人は関わってはいけないのです。危険すぎます!」


「ちょっと待って。ハリーは分かるけど、どうして私まで ――― 」


「リン・ヨシノ!」



 どういうことか、リンが聞こうとすると、ドビーは、性急にリンに詰め寄った。あまりに急に近寄られたので、リンは、言葉も息も呑み込んだ。



「お気をつけくださいまし、リン・ヨシノ。決してお一人で行動なさらないで」



 そのときこそ、貴方様は狙われる ――― そう言い残して、ドビーは、パチッと音を立てて消えてしまった。リンが咄嗟に伸ばした手は、空を掴んでいた。



「………闇の罠……?」



 リンの呟きは、夜の静寂に呑み込まれた。


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