不穏な始まり(4)



「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味なのかについて、私たちは意見が違うようだが」


「さようですな」


 マルフォイ氏の薄灰色の目が、少し離れたところで心配そうに成り行きを見守っているグレンジャー夫妻の方に移った。


「こんな連中と付き合っているようでは……ウィーズリー、君の家族は ――― 」


 ウィーズリー一家は何なのか、ハリーたちは続きを知ることはなかった。マルフォイ氏が突然みんなの視界から消えたのだ。


 ハリーたちは目が点になった。今いったい何が起こったんだ? 魔法か? 誰も分からない。ただ、誰かが誰かを蹴り飛ばし、誰かが地面に倒れ込み、そのまま地面を滑っていったかのような、ドゴォッ、ズザーッという音がしたのは分かった。


「 ――― やあ、諸君。今日はとてもいい天気ですね?」


 穏やかな女性の声がした。ハリーは首を回してその人物を視界に入れた ――― 東洋人だ。美人というわけではないが、女性にしては少し背が高く、スラリと細い。肩より上でバッサリ潔く切り揃えられた黒髪の間から、左耳に翡翠色のピアスが見える。パンツタイプのスーツを着ているので、ローブを着た人々でいっぱいのダイアゴン横丁ではかなり浮いていた。


 向けられる様々な視線を気にせずニヤリと笑って、女性は話を続けた。


「何とも絶好の買い物日和じゃないか。好かないムカつく陰気で性悪な野郎を吹っ飛ばしたことで、気分も晴れた。実に気持ちがいい。フェリックス・フェリシスを飲んだかのような清々しい気分……素敵だね」


 フェリ……何だって? 一体何だろう? というか、そもそもこの人は誰なのだろうか? とても晴れやかな表情でつらつら語る女性を前にして、ハリーの頭の中が疑問でいっぱいになっていると、女性のかなり前方から、地を這うような低い声がした。


「 ――― ナツメ・ヨシノ………」


 女性に吹き飛ばされたらしいマルフォイ氏が、やっとのことで起き上がっていた。怒りからか屈辱からか、体は小刻みに震えている。しかし、髪の毛は乱れ、ローブは土埃で汚れ、他にもいろいろ残念なことになっているため、あまり迫力はない。


「おや。これは、お久しぶりです、マルフォイ先輩」


 ミセス・ヨシノは、さも驚いたような仕草をしたあと、爽やかに笑って言ってみせた。だが、声には明らかに皮肉が込められていた。


「先輩ともあろう立派で高貴な御方が、こんな庶民的な場所にいるとは驚きましたね ――― ついうっかり足が出るくらいに」


 フレッドとジョージがウィーズリーおじさんの後ろで吹き出した。


 ハリーはミセス・ヨシノを見上げた。この人がマルフォイ氏を蹴り飛ばした……本当に? どこにでもいるような、大人しそうな人なのに……人は見かけによらない。


 じっと見ていると、不意にミセス・ヨシノが顔から一切の表情を消した。その一瞬での豹変ぶりに、ハリーの背筋が凍る。ロンとハーマイオニーが一歩後退り、息を呑んだジニーをウィーズリー氏が背後に庇う。双子も笑うのをやめた。


→ (5)


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