不穏な始まり(5)



 一瞬でその場の空気を変えたミセス・ヨシノは、マルフォイ氏の方へ一歩踏み出した。


「つうか何? なんで私の前にいるんだ? あのとき、二度と私の世界に踏み込んでくるなって言ったよね? あれ、視界にも入ってくるなよこのカスが、という意味を込めてたんだけど? 分からなかったの? それとも分かった上で私の前に現れたの? また投げ飛ばされたいの? 蹴り飛ばしされたいの? 鼻折られたいの? 毒盛られたいの? いっそ腕か足か肋骨でも折っといてあげようか? ついでに杖も折っちゃうけどね? それで、お前は何、馬鹿なの? 性懲りもなくノコノコやってきてさぁ……私が笑顔で迎えるとでも思ったの? 手酷く痛めつけられる可能性は考えなかったの? ん? ああ、ひょっとして、むしろ痛めつけてもらいたくて来たとか? うわ何お前、巷〔ちまた〕で言うマゾって奴? 引くんだけど。でもお望みとあらばやってやらなくもないかな、ってことで、どうする?」


 誰にも口を挟ませず一息でそれだけ言い切ったミセス・ヨシノは、穏やかに微笑んだ。


 その人畜無害そうな笑顔を前に、沈黙が降りた。誰も口を開かない。マルフォイ氏はミセス・ヨシノを睨んではいたが、何も言わなかった。


 ミセス・ヨシノが溜め息をついて再び一歩前に出たとき、声が割り込んできた。今度は女の子の声だった。


「 ――― 母さん? 本買えました……けど……」


 その場に流れている不穏な空気に、リン・ヨシノの声は固まった。何度も瞬きをして、母親と、彼と対峙している(ボロボロな)マルフォイ氏を見比べ、リンはサッと顔を青くした。


「母さん、まさか、他人に手を上げたんですか?」


「手じゃない、足だ。それに赤の他人ってわけでもない」


「そういう問題では……っ」


「うるさい。邪魔。鬱陶しい」


 慌てて駆け寄るリンを、突き飛ばすかのように乱暴に押しのけ ――― 大量の本を抱えていたリンは、バランスが上手く取れずに倒れかけたが、双子に危うく抱き留められた ――― ミセス・ヨシノは無表情のまま、さらにマルフォイ氏に近寄る。


 マルフォイ氏が勇敢にも一歩前に出て身構えたときだった。


「 ――― お前さんら、何やっちょる!」


 突然大きな声がして、一人を除いてみんな飛び上がった(ミセス・ヨシノだけは、平然と、しかし忌々しげに眉根を寄せて舌打ちをしていた)。


 ハグリッドが、本の山と人の波を掻き分けてやってくる。


「年甲斐もなく喧嘩か? え? やめんか、みっともねえ」


「お前には言われたくない言葉だ」


 ミセス・ヨシノが冷たくハグリッドに吐き捨てた。リンがジョージの腕の中で「母さん!」と叫んだ。これにはハリーたちも憤った。マルフォイ親子はどうされても構わないが、ハグリッドが暴言を言われるのは許せない。


 全員に睨まれても、ミセス・ヨシノはまったく動じていなかった。鬱陶しいとでも言いたげにリンを一瞥して(リンが肩を跳ねさせた)、マルフォイ氏に向かって、ぞっとするような凄惨な笑みを浮かべる。


「さっさと失せた方が身のためだぞ? 可愛い息子に、泣いてる情けない姿なんか見せたくないだろう……?」


 視線を向けられ、ドラコは「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。元々青白い顔が今や蝋燭みたいな色になっていた。ミセス・ヨシノはせせら笑った。


「私の息子に ――― 危害を ――― 加えるな」


 マルフォイ氏が低く唸り、急いでドラコを引き寄せて背中に庇う。怒りか、はたまた恐怖からか、言葉は震えて途切れ途切れだった。


 未だに持っていた古本をジニーに突き返し、鼻で笑うミセス・ヨシノを睨みつけたあと、マルフォイ氏は乱暴に人混みを掻き分けて書店を出ていった。


→ (6)



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ごめんルシウスさん超がんばってごめん



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