一年の終わり(2)



「クィレルの心は、それは大きく揺れた……主のために君を差し出すか、君を守るために主を裏切り、死という名の代償を払うか……最後の日まで、クィレルは悩んだ。そして、彼の決断の鍵となったのは、やはり君だったのじゃよ、リン」


 突然、リンは、最後に見たクィレルの様子を思い出した……ひどく哀しそうで、つらそうで、何かに怯えていた。研究室の前で振り返った彼は、安堵したように笑いながら、泣きそうだった。


 リンの頭の中で、彼の最後の言葉が甦った。リンを眠らせたとき、彼は確かにこう言った ――― 大丈夫だから、少しおやすみ、と。


「クィレルは、最後の最後に、君を選んだのじゃ……」


 キラキラした目に薄っすら涙を浮かべて、ダンブルドアは囁くように言った。


 彼曰く、クィレルは『賢者の石』を見つけようとしなかったらしい。ハリー・ポッターが『石』を見つけ、手にしたときも、無理に奪おうとはしなかった。ヴォルデモートがハリーを殺すよう命令しても、失神させるだけに留めた。そして、駆けつけたダンブルドアの前でくずおれたのだと言う。


「彼のローブのポケットに、遅効性の毒薬の瓶が入っていたんじゃ……そして、研究室の机の上には、これが」


 哀しそうに微笑んで、ダンブルドアはリンに封筒を差し出した。スイがじっとそれを見上げる。


「クィレルが君に宛てた手紙じゃ」


 リンは目を見開き、封筒をじっと見つめた。確かに、リンの名前が書いてある。リンはゆっくりと起き上がり、震える手で封筒を受け取って中から羊皮紙を取り出し、読み始めた。


――― 君に会うことは、もう二度とないでしょう。


 手紙はこう書き出されていた。それから謝罪、後悔の懺悔と続いていく。


 リンは、スイやダンブルドアがすぐ隣にいることも忘れ、何かに突き動かされるように文字を追っていく。クィレルらしい几帳面な字が、クィレルの想いを綴っている。


――― 別の形で君と出会いたかった。


――― もっとたくさんの時間を君と過ごし、君に色々なことを教えてあげたかった。


――― 私が君の父親であったなら、君にあのような思いはさせなかったのに。


――― いつか君が、君の求める愛を手にすることができますように。


 ぱた、ぱたた。透明な雫が、リンの頬を伝い、シーツに染みを作っていく。哀しさとはまた別の“何か”が、リンの心を揺さぶり、彼女の涙腺を緩める。


 無意識のうちに泣き出しているリンを、スイとダンブルドアは静かに見つめる。二人とも、手紙を覗き込むような真似はしない。ひょっとしたら、ダンブルドアは事前に読んだかもしれないとスイは思っているが。


 二人の視線には気づかず、リンは羊皮紙の最後の一枚を読み、目を瞠った。


――― 出会ってから、どんな形であれ、君に関心を持たなかったことはない。


――― 私の心を満たしてくれてありがとう。


――― 深い愛を込めて、君に別れを告げる。


 ぱた、ぱたぱた。リンの瞳から雫が零れ落ち続ける。リンは俯いて、目元を手で覆った。


 感情が、頭と胸の中で、ぐるぐると渦を巻く。もうわけが分からない。ただ目頭が熱いのは分かる。


 息を殺して泣くリンの背中を、スイが尻尾でポスポスと優しく叩く。


 ダンブルドアは、澄んだ目で、自分の生徒を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「のぅ、リン……愛とは偉大じゃな……」


→ (3)


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