一年の終わり(1)



 誰かに名前を呼ばれたような気がして、リンは意識をゆっくりと浮上させた。


 薄っすら目を開けると、金色が見えた。何だろう? 何度か瞬いたリンは、それがメガネだと気づいた。再び瞬きをする。アルバス・ダンブルドアの笑顔が、リンを覗き込んでいた。


「こんにちは、リン」


 ダンブルドアの声がした。リンは、ぼんやりとダンブルドアを見つめて、もう一度瞬きをして、ゆっくり目を見開いた。ダンブルドアが首を傾げる。リンの記憶が甦った。


「っ、クィレル先生……っ!」


 勢いよく起き上がると、視界が歪んだ。頭に血が回らない……リンは額に手を当てて項垂れた。


 薄れそうになる意識を必死に保つリンの傍に、スイが寄ってくる。肩にはダンブルドアの手が乗せられた。


「落ち着きなさい、リン。無理をしてはいかん」


 さあ、横になって。そう言って、ダンブルドアはリンの体を押す。リンは抵抗できずにベッドへと戻った。


 リンは首を回して周りを見渡した。医務室にいるらしかった。いくつかあるベッドの内、彼女の隣にあるベッドはカーテンが引かれている。


「ハリーが眠っておるんじゃよ」


 リンの視線に気づいたダンブルドアが、微笑んだ。リンは首の向きを戻してダンブルドアを見上げ、口を開く。しかし声を出す前に、ダンブルドアが静かに語り始めた。


 何から何にどう反応していけばいいのか、リンは分からなかった。


 クィレルの正体と彼の企みに驚くべきなのか、ハリー・ポッターとその友人たちの活躍に興奮するべきなのか、彼の死を悼むべきなのか、それとも ――― 間接的に彼を殺したハリー・ポッターとダンブルドア、ヴォルデモートを恨むべきなのか。


 リンの想いを見透かしたのだろうか? ダンブルドアは哀しそうに微笑んで、深く息を吸い、そして吐き出した。


「お聞き、リン……クィレルは殺されたのではない……自ら死を選んだのじゃ」


「……自殺したということですか?」


「その一言で済ますには、ちと奥が深いのぅ……」


 ダンブルドアはキラキラした目を伏せて、組んでいる指にぎゅっと力を込めた。


「クィレルは、この一年間をヴォルデモートのために『賢者の石』を手に入れることに費やしたと言っても過言ではない。そして、ヴォルデモートの野望のため……リン、君に接触した……」


「…………」


「クィレルはとても献身的じゃった……ヴォルデモートのために自らの身体も命も差し出すほどに。それ故、ヴォルデモートの大いなる欲望と野望に呑まれて、自己を見失いつつあったのじゃ………君に関わるまでは」


 リンは、話の途中から伏せていた目を上げた。スイもダンブルドアへと視線を向けている。彼はキラキラした目でリンを見つめていた。


「君と触れ合ううちに、クィレルは少しずつ自己を取り戻していったのじゃよ……確かに最初は、君を懐柔するつもりで近づいたのじゃろう……だが君を知っていく中で、彼は君に同情し、君を憐れみ、時には君と共感し、君を慈しみ……やがて、君を愛した」


 最後の言葉を聞いて、リンは目を見開く。スイも同様だった。あんぐりと口を開けている彼女を見る余裕は、リンにはなかった。


 ……クィレルが、私を愛した? 困惑するリンに微笑みかけ、ダンブルドアは続ける。


→ (2)


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