許されざる呪文 .3



 ムーディはクモを元の大きさに戻して、瓶の中に帰した。クモはまだ痙攣していて、おぼつかない足取りだった。

「苦痛だ。拷問に使われるような苦痛。『磔の呪文』が使えれば『親指締め』もナイフも必要ない……これも、かつて盛んに行われた」

 教室内の面々の様子を「魔法の目」で窺いながら、ムーディは言った。

「大丈夫か、進めるぞ。ほかの呪文を知っている者は? ヨシノ、どうだ?」

 まったく「大丈夫」ではない状態を無視して、ムーディは授業を続けた。誰も何も言えない状況でも、挙手がないなら指名するというスタイルで済ませる始末だ。

 リンは教室を見渡した。みんな「三番目のクモはどうなるんだ」と考えている様子だった。何人かは、目を閉じて祈るような仕草をしている。

「……死の呪い。『アバダ ケダブラ』」

 明るい青の瞳を見つめて、リンは静かに言った。「死」という単語に、生徒たちが身体を竦ませる。ムーディはひん曲がった口をさらに曲げた。

「左様……最後にして最悪の呪文だ」

 三番目のクモは、自分の身に何が起こるか本能で悟ったらしい。ムーディが瓶に手を突っ込んだとき、クモは必死に抵抗した。しかし捕らえられ、机の上に置かれた。

 そこでも最後の抵抗を見せ、クモは机の端の方へと懸命に走る。ムーディは無造作に杖を振り上げた。

アバダ ケダブラ!

 目も眩むような緑の閃光が走った。それから、目に見えない大きなものが宙に舞い上がるような、グォーッという音。

 瞬き一つの間に、クモは仰向けにひっくり返っていた。なんの傷もない。しかし、紛れもなく、死んでいた。

 ハンナを筆頭に、何人もの生徒が悲鳴を上げた。そうでなければ声も忘れたように硬直し、それでもなければ事態についていけないように呆然としていた。

 リンは、すっと息を詰めて、じっとクモを見つめ、目を閉じた。氷塊が背筋を滑り落ちるような感覚がする。チクリと、いつの間にか握り締めていた手の平に、鈍い痛みが走った。

「……気持ちのよいものではない。しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがない。これを受けて生き残った者は、ただ一人。おまえたちの同級生の一人だけだ」

 死んだクモを床へと払い落として、ムーディは言った。リンが目を開けると、明るい青と目が合う。だが、今度は向こうが目を逸らした。

「さて、反対呪文がないなら、なぜおまえたちに見せたりするのか? それは、おまえたちが知っておかなければならないからだ。最悪の事態がどういうものか、おまえたちは味わっておかなければならん。せいぜい、そんなものと向き合うような目に遭わぬようにすることだ。油断大敵!

 座右の銘らしきものを再び叫んだあと、ムーディは説明を続けた。

 実演してみせた「アバダ ケダブラ」「服従の呪文」「磔の呪文」の三つが「許されざる呪文」と呼ばれること。人間に対して一つでも使用すれば、アズカバンの終身刑に値すること。

「おまえたちが立ち向かうのは、こういうものなのだ。こういうものに対する戦い方を、おまえたちは知らねばならん。わしが教えていく。備えが必要だ。武装が必要だ。しかし、なによりもまず、常に、絶えず、警戒し続ける訓練が必要だ……」

 それからの授業は、「許されざる呪文」のそれぞれについて、ノートを取ることに終始した。ベルが鳴りってムーディが授業終了を告げるまで、誰も何も喋らなかった。




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