空を思い出す(2)



「……大変そう」


 練習を終えて帰ってきたところを寮生に迎えられて、疲れを隠して笑うセドリック・ディゴリーを遠目に見て、リンが呟いた。それに反応して、スイは彼へと視線を向ける。


 正直に言うと、スイはセドリック・ディゴリーのことが ――― もちろん、キャラとしてだが、好きだ。


 彼が活躍していたのは、長い物語の中でたった一巻だけだったけれど、胸を張って好きな人物だと言えるくらい、彼に好感を持っていた。


 この世界で、実際に彼を見ても、その感情が変わることはなかった。彼はとても良い人だ。スイはそう感じている。


 それゆえに、スイはセドリックが心配だった。


 誠実で、人と正面から向き合う彼だからこそ、今のプレッシャーに押しつぶされてしまうのではないかと、とても心配だった。だって、彼は今まだ十四才で、それに耐えられるほどの精神を持っているとは言い難いのだから。


「……ねえ、リン」


「……? どうしたの?」


 スイは彼が心配だ。けれど、どうにかする術を、今のスイは持っていない。だからスイは、代わりにリンに頼むのだ。


「お願いがあるんだけど」


「………、珍しいね」


 いったい何? と先を促してくれるリンに、スイは甘える。


 自分よりずっとずっと年下で、あまり何かに関心を示さないように見える子だけど、本当に必要としてくる人には、躊躇いなく手を差し伸べてくれる、とてもとても頼りになる優しい人であると、スイは知っている。


「……大変だから、彼を、セドリックを、助けてあげてほしいな」


 誰にも聞こえない、気づかれない、音のない心の悲鳴をずっと上げている彼を、助けてほしい。


 リンは何も言わなかった。セドリックを一瞥しただけだった。けれど、スイには、どういうわけか確信があったので、安心して笑うことができたのだった。


**


 クィディッチの対スリザリン戦が、とうとう明日に迫った。


 最後の練習を終え、大広間で夕食を取りながら、セドリック・ディゴリーは溜め息をついた。選手とも他のハッフルパフ生とも少し離れたところに座って、一人で黙々と食べているのだが、どうも視線を感じる。


 応援してくれるのはありがたいし、それに応えたいとも思う。だが、それがずっと続くと少々……いや、かなり気が滅入ってしまうのだ。緊張するし、なにより期待に応えられなかったらどうしようと不安が募る。


「……だめだ」


 食事が喉を通らない。もう寮に帰って寝てしまおう。


 セドリックが早々に席を立つと、周りの生徒たちから声援が飛んできた。それに手を上げて応えて早足で扉へ向かう。途中、スリザリンのテーブルから嫌味な野次が飛んできたが、セドリックは無視を決め込んだ。


 しかし、いざ寮へ帰ろうとすると、帰りたくないという気持ちが湧き出てくる。帰ったら帰ったで、また視線が纏わりついてくるに違いなかった。


 セドリックは方向を変えて、静かな場所を求めて歩き出した。


→ (3)


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