「忍びの地図」の製作者 (3)



「たぶん、スキャバーズは他のネズミと喧嘩したかなんかだよ! こいつは何年も家族の中で“お下がり”だった。たしか、」


「十二年だね、たしか」


「ネズミにしては長すぎやしないか?」


 あくまで柔らかな声音のルーピンに対し、ブラックの声は鋭かった。ちゃんと世話をしてきたからだ、などとモゴモゴ言うロンを遮るように、ハーマイオニーが声を上げた。


「馬鹿げてるわ。そんな話、あまりにも出来過ぎてるもの」


「ペティグリューの居場所は、どうやって突き止めたんですか?」


 ハーマイオニーの言葉をろくに聞いていなかったリンが、彼女の発言のすぐあとにブラックへの質問をした(空気読んでくれ、とスイは本気で思った)。


 彼の説を受け入れたことを前提としているリンの質問に、ハーマイオニーが眉を吊り上げた。


「リン! 私が撥ねつけたあとに擁護しないでちょうだい!」


「アズカバンに収容されていた状況で、なぜペティグリューがロンのところにいると分かったのですか? ネズミなんて、どこにでもどれだけでもいるでしょう」


 完全にハーマイオニーを無視したリンを見て、スイやハリーたちは冷や冷やした。豊かな髪を、まるで静電気でも帯びているかのように広げて(膨らませて)いるハーマイオニーに、果たして彼女は気づいているのだろうか……気づいた上でやっているとしたら、かなりの勇者である。


 違うことを考えるハリーたちを余所に、ブラックとリンは見つめ合う。やがて、ブラックは、骨が浮き出ているような手を片方ローブの中に突っ込み、クシャクシャになった紙の切れ端を取り出した。皺を伸ばし、ブラックはそれをリン(ということは、必然的に、みんなに)見せる。


 一年前の夏、「日刊予言者新聞」に載った、ロンと家族の写真だった。そして、そこに、ロンの肩に、スキャバーズがいた。


 ブラックはそれを、アズカバンの視察に訪れたファッジから入手したらしい。一目でペティグリューだと分かったと言う。


(……すごい直観力)


 いくら大きめの写真とはいえ、モノクロ写真で、こんなに小さなネズミ。これを見て、一目でピーター・ペティグリューだと見破ったと? なんともはや……なかなか人間離れした第六感だ。ああ、半分くらいは人間じゃないんだっけ。


 ペティグリューの居場所云々とはまた違う論点で会話を応酬しているハリーたちを放置して、リンは思った。


「……いつまでボケかましてんのさ」


 まじまじと新聞を見つめるリンに痺れを切らして、スイが尻尾でリンの背中を打ち、ついでに手で頬を軽く叩いた。とても小さな囁き声は、当然、口論に熱中しているハリーたちには聞こえない。


 叱責されたリンは、罰が悪い……というより不服そうに新聞から目を離し、渦中に目を向ける。ハリーが激しく衝撃的になっていて、ルーピンが宥めようと急き込んでいた。


「ハリー、分からないのかい? 逆だったんだ ――― ピーターが、君のお父さん、お母さんを裏切った ――― シリウスがピーターを追い詰めたんだ ――― 」


「うそだ!!」


 ハリーが叫ぶ。怒りや疑心、いろいろな感情をすべて一気に爆発させたような感じだった。ロンとハーマイオニーが息を詰め、リンとスイは、静かにハリーを見つめる。


「ブラックが『秘密の守人』だった!! ブラック自身が、あなたが来る前にそう言ったんだ!! こいつは、自分が僕の両親を殺したと言ったんだ!!」


 鋭い動作でブラックを指差しながら、ほとんど泣きそうな顔で、喉の奥から絞り出した声で叫ぶハリーを前に、誰も何も言えなかった。ハーマイオニーが無言でしゃくり上げる音が聞こえる。


 ハリーの荒い息遣いだけが響く沈黙の中、リンは、ハリーを映す目を細めた。


「 ――― それじゃあ、嘘かどうか、確かめようか?」


 全員の視線が、リンへと向けられた。



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