「忍びの地図」の製作者 (2)



「……誰もいない……」


「ここは呪われているんだ!」


「いいや、そうではない」


 恐怖に駆られたロンの言葉を、ドアを閉めたルーピンが否定した。目は、不審そうな色を宿し、ドアに向けられたままだ。


「ここは……『叫びの屋敷』は、決して呪われてはいなかった……村人がかつて聞いたという叫びや吼え声は、私の出した声だ」


 ようやくドアから目を離し、ルーピンは髪を掻き上げ、一瞬物思いに耽ったあと、静かに話し始めた。


「話はすべてそこから始まる ――― 私が人狼になったことから……」


 じっとドアの向こう側を見つめ続けていたリンは、しばらくしたあと、瞬きをして視線を外し、ルーピンの話に意識を向けた。



 なぜ「忍びの地図」に「暴れ柳」から「叫びの屋敷」まで続く抜け道についての詳細が書かれていなかったのか。その理由を、ある程度の確証を持って推測することが、ようやくできた。


 ルーピンの話を聞きながら、リンはちょっとした満足感を覚える。その思考回路をだいたい読み取ったスイは、尻尾でリンの背中をバシッと叩き、彼女の耳元で囁いた。


「ちょっと不謹慎だよ」


「……ごめん、スイ」


 同じく囁いて、リンは居住まいを正して、ルーピンへと意識を集中させる。ルーピンは、ブラックがスネイプに仕掛けた性質の悪い悪戯について話していたところだった。


「……だが、そのときから、スネイプは私が何者なのかを知ってしまった……」


「だからスネイプはあなたが嫌いなんだ……スネイプは、あなたもその悪ふざけに関わっていたと思ったんだ……」


 ハリーが言うのを聞きながら、リンは部屋の奥を見やった。この部屋と隣の部屋とを隔てている壁を、眉を寄せてしばらく見つめ、そのあと、ルーピンとブラックを見た。


「 ――― それで?」


 大人二人が、揃ってリンに視線を向けてくる。「それで、って……何が?」と問いたげな目だった。リンは溜め息をつき、彼らがリンの意図が汲み取れるように少し付け加えた。


「ルーピン先生の学友の三人が『動物もどき』になった経緯は理解できました ――― でも、その先は? 肝心の、ピーター・ペティグリューが生きていて、それがスキャバーズであるというくだりは? そこはどう説明してくださるのですか?」


「そいつの前足だ」


 ブラックが言った。前足? と疑問に思うリンたち(ロンに至っては「それがどうしたって言うんだい?」と食って掛かった)に、ブラックは比較的冷静に言葉を続ける。


「指が一本ない」


「まさに」


 半ば呆然とするリンたちとは対照的に、ルーピンはすべてを悟った風情で溜め息をついた。感嘆とも呆れとも、何とも言えない溜め息だった。


「なんと単純明快なことだ……なんと小賢しい……あいつは自分で切ったのか?」


「変身する直前にな」


 ブラックも、読めない表情で首肯した。ハリーたちはまったくわけが分からない様子だった。リンも眉を寄せて考え込んでいる。まぁこれは当然だろうなと、スイは思った。むしろ、この抽象的な会話からすべてを理解したら大事だ。


 話の筋を知っているが故の余裕をかますスイの前で、ルーピンがロンに話しかけた。


「ロン、聞いたことはないかい? ピーターの残骸で一番大きなものが指だったと」


「……!」


 パッと、まるで電気がついたかのように、リンの目に光が灯った。どうやら合点したようだ。そして再び、より深く考え込み出す。


 ええええ、ここでもう気づいちゃうの。スイは頭の中で突っ伏した。この子の思考回路いったいどうなってんの。そんなスイの内心の呻き声を掻き消すように、ロンが叫ぶ。


→ (3)


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