「忍びの地図」の製作者 (1)



 スキャバーズが、実は「動物もどき」のピーター・ペティグリューである。――― そんな突拍子もない言葉を呑み込むまでに、たっぷり数秒はかかった。グルグル頭の中を回転させるリンを置いて、ロンが最初に口を開いた。


「二人共どうかしてる」


「ばかばかしい!」


「ピーター・ペティグリューは死んだんだ! こいつが十二年前に、」


「 ――― 可能性はある、かもね」


 ハーマイオニーとハリーの発言を気に留めず、リンが呟いた。決して大きくはない、むしろハリーの叫び声に掻き消されそうなポツリとした呟きだったが、その場の音を奪うには十分だった。


 リンの言葉を聞いて、みんなが一斉にリンの方を見た。驚きと衝撃に満ちた顔が、リンに向けられる。彼女の肩に乗っているスイが、煩わしげに尻尾を振った。


「リン、君、こんな馬鹿げた話を信じるって言うのかい?」


 冗談はよせよといった風情で、ロンが言った。リンは肩を竦める。


「信じるとは言ってない。可能性が完全にゼロではないってことを認めただけ」


「冷静になってちょうだい、リン!」


 懇願するような目で、ハーマイオニーがリンを見た。


「よく考えて! 魔法省の『動物もどき』登録簿に、ペティグリューの名前は載っていないの! あなたも知っているはずだわ!」


「もちろん。でもたしか、シリウス・ブラックも載ってないよね」


 さりげない調子でリンが言うと、ハーマイオニーは「あっ!」と目を見開いて息を呑んだ。リンは首を傾げる。


「つまり、そういうことでしょう? 『動物もどき』には登録義務があるけど、全員がそれを遵守するとは限らない。シリウス・ブラックと同じように、ピーター・ペティグリューも登録をしていないとしたら、ルーピン先生たちの言ってる話が真実である可能性は、無きにしも非ず」


 リンの理論を聞きながら、この短時間でよくここまで頭が回るものだと、スイは内心舌を巻いた。ふとハリーを見ると、彼も同じ心情のようだった。スイは、リンの肩を左から右へと移動する。それとほぼ同時に、ルーピンが笑い出した。


「本当に賢いね、リン。まったくその通りだ。私の学生時代、ホグワーツでは未登録の『動物もどき』が三匹も構内を徘徊していたんだ。魔法省はそれを知らなかったが、」


「説明はあとでいい!」


 突然、ブラックが叫んで立ち上がった。彼の膝の上に寝そべっていたクルックシャンクスが、床に投げ出される。みんなが驚いている中、ブラックがロン ――― スキャバーズの方に襲いかかった。


「シリウス ――― よせ!」


 慌てたルーピンが叫ぶのと同時に、ブラックが、何かに激突して床に転がった。素早く立ち上がって再びスキャバーズに向けて突進するも、何か、透明な壁のようなものに阻まれる。肩で息をして、ブラックはリンを振り返った。


「……スキャバーズはどうでもいいですが」


 鋭い視線を受けたリンは、それでも表情一つ変えずに言う。淡々と言葉を紡ぐリンの目が、鋭く煌めいた。


「ロンは怪我人で、私の友人ですから、彼にまで危害が及びかねないとあったら、容赦なく邪魔させてもらいます」


「………」


 無言でリンと見つめ合うブラックに、ルーピンが歩み寄る。


「シリウス、みんなに説明しなければいけないんだ ――― 分かるな? 私にも、分かっていない部分がある」


「……いいだろう」


 落ち窪んだ目をギラギラ光らせ、スキャバーズを睨みつけながら、ブラックが静かに言った。ホッとルーピンが肩の力を抜いたとき、部屋の外で、床が大きく軋む音がした。


 みんなが一斉にドアの方に目を向ける。同じように、ドアの向こうを見透かすように目を細めたリンは、ふと眉をひそめた。その彼女の視線を遮って、ルーピンが足早にドアの方へ進み、ドアを開けて外を見る。


→ (2)


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