「暴れ柳」の根元の秘密 (1)



 暗闇の中を、何かがこちらに向かって跳躍してくる ――― 巨大な、薄灰色の目をした、真っ黒な犬だ。


 三人を庇うように前に出たリンだったが、急に誰かに腕を引かれ、後ろによろめく。杖を構えたハリーが、リンと入れ替わって前に出た ――― と思ったら、リンの耳元で風を切る音がして、ハリーが仰け反って倒れた。犬が大きくジャンプして、前足でハリーの胸を打ったのだ。


「ハリー!」


 ハーマイオニーが叫んだ。同時に、勢い余ったのか、犬がハリーの上から転がり落ちる。ハリーが立ち上がろうとする中、犬がまた四(五)人に飛びかかってくる。咄嗟にハリーを横に押しやったリンを、さらにロンが横に押しやった。


 犬の両顎が、ロンの伸ばした腕を噛んだ。そして犬は、まるでボロ人形でも咥えているかのように易々と、四人の中で一番背が高く大柄なロンを引きずっていく。


「ロン!」


 ハリーが叫んだ。直後、バシッと音がして、ハリーが倒れ込んだ。リンは息を呑み、駆け寄ろうとしたが、風を切る音を感じ取って、ハーマイオニーとスイを(事前に一言謝罪を述べたあと)音のしない安全な方へと突き飛ばし、すぐに地面に身体を伏せた。斜め後方からハーマイオニーとスイの悲鳴が、頭上から風を切る音が聞こえた。


「ハリー、大丈夫か!」


 叫ぶように安否を尋ね、リンは灯りを出す。太い木の幹が、そこに照らし出された ――― スキャバーズ(を追ったロン)を追ううちに、いつの間にか「暴れ柳」の樹下に入り込んでいたのだ。ハリーやリンをそれ以上近づけまいと、「暴れ柳」は枝を軋ませ、前に後ろに叩きつけている。


 そして、その木の根元に、あの犬がいた。根元に大きく空いている隙間に、ロンを頭から引きずり込もうとしている。ロンは激しく抵抗していたが、犬の力は凄まじいようで、ロンの頭が、胴が、ズルズルと見えなくなっていく。


「ロン!」


 あとを追おうとしたハリーを威嚇するように、「暴れ柳」の太い枝が空を切って殺人パンチを飛ばす。ハリーは後退せざるを得なかった。


 バシッと、まるで銃声のような恐ろしい音が、闇をつんざいた。ロンが抵抗として「暴れ柳」の根元に引っかけていた足が、折れてしまったらしい。ハーマイオニーが息を呑んで口元を両手で覆った次の瞬間、ロンの足が見えなくなった。


「助け ――― 助けを呼ばなくちゃ ――― 」


「ダメだ! そんな時間はない! あいつは、ロンを食ってしまうほど大きいんだ!」


 ハーマイオニーが引き攣れた声で言ったが、ハリーが怒号で一蹴する。リンは二人の応酬を半分ほど聞き流して、静かに「暴れ柳」を見つめた。


 どうにかして、この木を鎮めなければならない ――― どうすればいい? ああ、面倒だ。時間がないし、いっそ“瞬間移動”でもして一気に根元まで行ってしまおうか?


 そう考えたとき、何かがサーッと前に出た ――― クルックシャンクスだ。リンたちが呆然と見ている前で、殴りかかる大枝の間をスイスイすり抜け、両前足を木の節の一つに乗せた。


 突如、「暴れ柳」は動きを止めた。まるで石化したかのように、木の葉一枚そよともしない。先ほどまで暴れ回っていたとは、とても思えない。めまぐるしい変化に、リンたちは混乱した。


「クルックシャンクス……どうして分かったのかしら?」


「あの犬の友達なんだ。僕、二匹が連れ立っているところを見たことがある」


 訳が分からない風情でハーマイオニーが呟くと、ハリーが厳しい顔で言った。その辺は、ぶっちゃけ今はどうでもいい……と思っていても、リンは殊勝に口を閉じていた。スイがヒュンヒュンと尻尾を振る。


「……とりあえず、いまのうちに行こうか」


 リンが言うと、ハリーとハーマイオニーが頷いた。三(四)人が根元の隙間に辿り着く前に、クルックシャンクスが尻尾を打ち振り、スルリと先に滑り込んだ。そのあとを、ハリー、ハーマイオニー、スイ、リンと続いた。


→ (2)


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