不穏な日没時 (2)



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 夕食後、リンは適当な言い訳をしてハンナたちと別れ、姿を感知されないよう自分とスイの周りに薄く結界を張り、ハグリッドの小屋へと急いだ。


 ハグリッドは泣いてはいなかったし、リンの首に抱きついてもこなかった。自分がどこにいるのか、どうしたらいいのか、まったく意識がない様子だった。茫然自失。まさにそんな状態だった。

 堪らなくなったリンがハグリッドに抱きついたとき、小屋の戸がノックされた。リンがパッと顔を戸の方へ向け、ハグリッドが少し硬直した。

 青ざめた顔で固唾〔かたず〕を呑んだハグリッドだったが、そっとリンに促され、戸を開けた。戸口のところに立っていた三人を視て、リンは瞬きをした。



「君たちも来たの?」


「リン! どうしてここに?」



 ドアが閉まる音と、リンの声とハリーの声が見事に被った。その一瞬後、リンたちが互いに何かを言う前に、ハグリッドが四人に「茶、飲むか?」と聞いた。ヤカンの方に伸びたハグリッドの大きな手が、ブルブルと震えているのに気がついて、スイは尻尾をヒュンと振った。



「ハグリッド、バックビークはどこ?」



 ハーマイオニーが部屋の中を見渡して、躊躇いがちに聞いた。



「俺 ――― 俺、あいつを外に出してやった」



 ハグリッドはミルクを容器に注ごうとして、テーブルいっぱいに零した。



「俺のかぼちゃ畑さ、繋いでやった。木やなんか見た方がいいだろうし ――― 新鮮な空気も吸わせて ――― そのあとで ――― 」



 言葉が途切れ、ハグリッドの手が激しく震え、持っていたミルク入れが手から滑り落ち、粉々になって床に飛び散った。リンが素早く駆け寄り、床を綺麗に掃除し始める。ハーマイオニーも立ち上がった。



「ミルクは私がやるわ、ハグリッド」



 力なく座り込んだハグリッドに、四人が思い思いの言葉をかける。それでもハグリッドは、四人にできることは何もないと言い切り、城に戻るよう言った。

 その直後だ。ミルクを瓶から容器に注ごうとしていたハーマイオニーが、突然、ロンの名を叫ぶように呼んだ。

 床の掃除を終えてガラスの破片をボロい布巾に包んでいたリンは、何事かと顔を上げる。スイが尻尾をビシッと振った。



「ロン! し ――― 信じられないわ! スキャバーズよ!」


「何言ってるんだい?」



 ロンはポカンと口を開けてハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは何も言わず、ミルク入れをテーブルまで持ってきて、ひっくり返した。まさに、あのスキャバーズが、テーブルの上に滑り落ちてきた。キーキー大騒ぎしている。



「スキャバーズ! こんなところで、いったい何してるんだ?」



 呆気に取られた様子で、ロンは、ジタバタするスキャバーズを鷲掴みにして、明かりに翳〔かざ〕した。ボロボロなスキャバーズは、ロンの手の中で、必死に逃げようとするかのように身を捩〔よじ〕っている。

 ロンがスキャバーズを安心させようと声を上げたとき、ハグリッドが急に立ち上がった。目は窓に釘付けになり、いつもの赤ら顔が羊皮紙色になっていた。


「連中が来おった………」


→ (3)


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