不穏な日没時 (1)



「 ――― それは、トレローニーの真の予言だろうね」



 至極真面目そうな顔で、スイは言った。


 あの不思議な光景を見聞きしたあと、リンはハンナたちと強引に別れ、急いで寮に戻り、寝室で昼寝をしていたスイを起こして、一部始終を語って聞かせた。

 最初は、無理やり起こされたせいで機嫌が悪く、ふてくされて聞いていたスイだったが、リンの話が進むにつれて、態度を改めていた。



「覚醒してるというか、無我状態にあるというか……とにかく、“そういうとき”のトレローニーは、インチキばばぁじゃない。本物の予言者だ」


「ふぅん……予知・予見・予言者気取りの、ただのエセ占い師かと思ってたけど、才覚は一応あったんだ……」


「………君ねぇ……」



 しみじみと感心した風情で辛辣な発言をするリンに、スイは、ガクッとずっこけたい気分で、深々と溜め息をついた。

 昨年の「闇の魔術に対する防衛術」の教師といい、実が伴っていないくせに名だけを鼻にかけている輩〔やから〕に対して、リンは、ひどく冷淡というか、棘がある。

 しかし、今それを指摘してどうするというつもりもないので、スイは無難に話を変えることにした。



「そういえばさ、さっきメモが届いたんだけど ――― ハグリッド、負けたよ」



 リンが息を詰め、彼女の周りだけ、空気が音を立てて固まったような気がした。静かに視線をスイへと向けるリンに、スイがそっとメモを差し出す。リンはそれを受け取り、素早く目を通した。


 ハグリッドの手紙は、いままでとは違って、涙が滲んで濡れてはいなかった。しかし書きながら激しく手が震えたらしく、ほとんど字が判読できなかった。

 かろうじて内容を読み取ったあと、リンは目を閉じて、深く息を吸い込んだ。何度か深呼吸を繰り返して、リンはメモを持つ手に力を込める。



「………夕食を終えたら、ハグリッドのところに行くけど……君はどうする?」


「もち、ついてくよ」



 間髪入れずに応えたスイに、リンは目を細めて微かに笑った。


**


 生徒たちが騒いでいる声を聞き流しながら、自室に入ってドアを閉め、彼は溜め息をついた。

 手に持っているのは、試験の解答用紙だ。これから、採点の作業に取りかからなくてはならない。

 今期の試験でも、思わず頭を抱えたくなるような成績をつける羽目になるのだろう……。そう思うと、感じるのは憂鬱と疲労感である。始める前から身体が重いとはどういうことだ。


 眉間に皺を寄せながら椅子に腰を下ろしたとき、部屋の空気がふわりと動いたような気がした。



「やあ、セブ」



 邪魔させてもらうよ。


 馴染みある声に目を見開いて、顔を上げる。まさかという表情を浮かべる彼を見て、彼女は口元に笑みを作った。


→ (2)


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