退院して (3)



「……申し訳ないけど、先に寮に戻っててくれる? 私、ダンブルドアに呼ばれてる」


「なんで?」



 ハンナとベティが異口同音に聞いた。リンは肩を竦める。



「さぁ? 私が聞きたいよ。それよりスーザン、スイが部屋で寝てるから、起きてたら夕食あげてくれる?」


「いいわよ」



 快く引き受けてくれたスーザンに礼を述べ、リンは、ナプキンに包んだ食料を彼女に託した。ジャスティンが「僕がやるのに」という顔でリンを見つめていたが、リンは気づかない振りをした。



 大広間を出たところでハンナたちと別れて、リンは校長室へ向かった。


 しかし、いざ歩き出したところで、リンは校長室がどこにあるのか質問するのを忘れたことに気づいた。どうしたものかと考えたのも束の間で、リンは、タイミングよく通りかかったレイブンクロー憑きのゴースト「灰色のレディ」に声をかけ、彼女に道を尋ねて済ませた。


 教えてもらった道を歩き、リンは、校長室の入口らしき場所に着いた。



「……ここで合言葉を言えばいいのかな」



 大きな怪獣〔ガーゴイル〕像を見上げて、リンは呟いた。美しいとは言い難い、物言わぬ彫刻物のようだが、きっと言葉を理解するのだろうと、リンは思った。



「……合言葉……」



 リンは、手に持っているものを見た。先程スプラウトにもらったものだ。彼女はこれが合言葉だと言っていたが、どうしろと言うのだろう。商品名を読み上げればいいのか? というか、それ以外に何もないだろう。暗号だと言うなら話は別だが。

 しかし、果たしてこれは合言葉と言えるものなのか? リンは疑問に思ったが、ここで悩んでいても仕方ないと諦めて、それの名前を声に出してみることにした。



「……歯みがき糸楊枝型ミント菓子」



 突然、ガーゴイル像が生きた本物になり、脇に飛び退いた。思わず後退ったリンの見ている前で、ガーゴイル像の背後の壁が左右に割れ、石の螺旋階段が現れる。エスカレーターのように、上へ上へと動いている。



「………乗れと?」



 誰にとはなしにリンが呟くと、ガーゴイル像が頷く。


 リンは、そろそろと、動く階段の一段に足を乗せた。リンの身体が運ばれ出すと、背後で壁がドシンと閉じる。密閉された空間の中を、リンは、急な螺旋を描いて上へ上へと運ばれていき、最後に、磨き上げられた樫の扉の前に到着した。扉には、グリフィンの形をした真鍮のドア・ノッカーがついている。


 あまり深く考えず、リンはノッカーに手を伸ばし、扉を二、三度叩いた。すると、扉が独りでに開き、リンを迎え入れた。


 部屋の中には誰もいない……ダンブルドアは運悪く留守のようだ。リンは少し逡巡したが、静かに部屋の中に入った。扉が音を立てて閉まる。シンと静まり返った部屋を横切りながら、リンは辺りを見渡す。面白い部屋だと思った。


 初めて足を踏み入れた校長室は、広くて美しい円形の部屋で、おかしな小さな物音で満ち溢れていた。紡錘形の華奢な脚がついたテーブルの上には、奇妙な銀の道具が立ち並び、クルクル回りながらポッポッと小さな煙を吐いている。壁には歴代の校長先生の肖像画が掛かっていたが、みんな額縁の中でスヤスヤ眠っていた。


 一通り眺めたあと、後ろを振り返ったリンは、入ってきた扉の脇に金の止まり木があるのに気づいた。白鳥ぐらいの大きさの、素晴らしく美しい、真紅と金色の羽を持った雄の不死鳥が、そこに止まっていた ――― フォークスだ。本当に綺麗な鳥なのだが、残念ながら、いまは首を翼に突っ込んで寝ている。


→ (4)


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