退院して (4)



 再び部屋の奥の方を振り返って、リンは目を瞬かせた。視線の先、大きな鉤爪脚の机の後ろの棚に、みすぼらしいボロボロの三角帽子が乗っている ―――「組分け帽子」だ。ホグワーツに来てそれを被ったときのことを、リンはしっかりと覚えている。



 ――― 能力から言ったらレイブンクロー。性格で判断するならばグリフィンドール。思考の傾向や素質を重視すればスリザリン。しかし、本質や願望を考慮すると、むしろハッフルパフが最も向いているだろう……。



 あのとき「帽子」に言われたことを要約すると、こんな感じだ。どの寮でもやっていけると言って、「帽子」はリンの組分けに苦労していた。スリザリンとハッフルパフ。ある意味で対極な二つの選択肢で最後まで悩んでいたのが、とても印象深い。組み合わせがあり得なさすぎる。


(……本当、なんであの二つで迷ったんだろう)


 素質とか本質とか、そんなことを言われても、リンにはよく分からない。当「帽子」に直接聞いてみようか? せっかく目の前にあることだし。


 リンは棚に歩み寄って手を伸ばしたが、「帽子」に触れる前に手を止め、すこし考える。気になるが、べつに聞いたところで何か変わるわけでもない……そう思って、リンは完全に手を引っ込めた。



「 ――― 自制する能力があるとは、今の時代の生徒にしては、なかなか出来た者だ」



 突然、背後で声がした。リンは振り返る。壁の肖像画の主が一人、目を覚ましていた。



「以前ここを訪れた若造は、平然と被りおったが」



 不愉快そうな顔をする、何代か前の校長をしばらく見つめ、リンは静かにその肖像画へ歩み寄った。尖った山羊髭の、賢〔さか〕しそうな魔法使いだ。スリザリン・カラーの緑と銀のローブを着ている彼は、無言でリンを見つめてくる。観察しているような印象だった。



「……あいつと同じ目をしておるな」



 肖像画の主が出し抜けに言った。リンはパチクリと瞬く。



「……あいつ、とは……?」


「私の曾々孫だ。日本人の小娘に恋慕した愚か者」



 リンの胃袋がひっくり返りそうになった。ひょっとしたら、という想いが、胸の奥から湧き上がってくる。リンは、肖像画の主の言葉に、真剣に耳を傾けた。



「諸事情とやらで正式な婚姻は結ばなかったらしいがね。好都合なことだ。純血とはいえ異国の ――― それも東洋の血を、最も由緒正しく高貴なる、我がブラック家に入れるなど、好ましいことではない。あれ以上ブラック家の格式を貶めてもらっては困る。それでなくともあいつは、」



 肖像画の主が口を噤むのと、リンが振り向くのと、校長室の扉が開いて部屋の主が入ってくるのは、ほぼ同時だった。



「こんばんは、リン。待たせてすまなかったの」



 ダンブルドアが微笑んだので、リンも、ぎこちなくだが挨拶を返した。ダンブルドアは、滑らかな動きで部屋の半分ほどを横切り、リンの隣に立って肖像画を見た。先程まで喋っていた肖像画の主は、狸寝入りを決め込んでいた。


→ (5)


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