まね妖怪 (4)



「ハンナ、落ち着いて……もう一回やろう。大丈夫だから……」



 ルーピンの声が、とても心配そうなものに変化した。ハンナが身体中を震わせる。再び呪文を唱える前に、「テケテケ」が荒々しく野太い雄叫びを上げ、高速で距離を詰めてきた。ハンナが甲高い悲鳴を上げ、杖を落として尻餅をつく。リンが慌てて駆け寄る。



「落ち着いて、ハンナ。本物じゃない」



 半ば叫ぶようにリンが言うが、効果がない。ハンナは完全にパニック状態だ。どうしようもない。ルーピンに助けを乞おうと振り返ったリンは、不意に「テケテケ」が消えるのを見た。


 呆然としていると、教室の窓のカーテンが、突然ひとりでに閉まった。部屋が暗くなり、とてつもない冷気が肌に突き刺さってくる。


 “あれ”が、来る。


 リンが息を詰めると同時に、「テケテケ」がいた場所に、黒い影が現れた。



「こっちだ!」



 焦ったような声とともに、ルーピンがリンの前に滑り込んできた。


 パチン! 影と冷気が一瞬で消え、銀白色の玉 ――― いや、満月が、ルーピンの前に浮かんでいた。ルーピンは、面倒くさそうに呪文を唱えて杖を振った。


 パチン! 満月が風船に変わり、空気が抜ける音を部屋中に木霊させながら洋箪笥の中へ飛んでいき、ルーピンがその扉を閉めた。



「みんな、よくやった!」



 杖を一振りしてカーテンを開け、ルーピンが大声を出した。



「今日はここまでにしよう! ボガートと対決したハッフルパフ生一人につき五点だ。あと、リンにも五点」


「でも先生、リンは結局対決しませんでした」


「黙んなさいよ、ザカリアス」



 ハンナを抱きしめていて何も言わないリンに代わっているつもりなのか、ベティが歯を食いしばって言った。ジャスティンも無言でザカリアスを睨みつける。ザカリアスは鼻を鳴らした。



「事実じゃないか」


「ザカリアス、リンは授業の最初に、私の質問に正しく答えてくれた」



 流れかけた不穏な空気を払うように、ルーピンは柔らかく微笑んで言った。「ほら」と得意そうに笑うベティを睨みつけ、ザカリアスはもう一度鼻を鳴らした。


 火花を散らす両者の間にさりげなく割って入って、ルーピンが声を張り上げた。



「よーし、みんな、いいクラスだった。宿題は、ボガートに関する章を読んで、まとめを提出すること。金曜日までだ」



 忘れ物に気をつけて帰るよう言って、ルーピンはハンナの様子を見に来た。



「……先生、少しは落ち着いたみたいです」


「ありがとう、リン。君は寮に戻るといい。ハンナは私が医務室に連れていくよ」



 有無を言わせない響きが、ルーピンの声にはあった。リンは大人しく従うことにして、不安げに立っているアーニーたちに声をかけ、静かに教室を出ていった。


 廊下を歩きながら、リンはハンナの安否を心配すると同時に、リンがボガートと対決するのをルーピンが止めたのはなぜだったのだろうかと、疑問に思った。



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