まね妖怪 (3)



*ところどころ、グロやホラーの要素が入ります。とくにハンナの番が来たときは、要注意。*




 箱の中には、いろいろなものが入っていた。ヘビ、カエル、トカゲ、サソリ、ナメクジ、クモ、ミミズ、ムカデ、イモムシ、毛虫、蛆虫、ゴキブリ……蛾や蝿が、上空をわんさか飛んでいる。ベティが大嫌いなものの詰め合わせだ。ベティの顔が盛大に引き攣っている。


 そのまま後退したベティだったが、数歩のところでなんとか思い留まり、なるべく手を前に出さずに杖を上げた。



「リディクラス!」



 虫・爬虫類の詰め合わせボックスに、大きな袋がかぶせられ、殺虫スプレーが数本突き刺さり、ブシャーッと発射された。袋のおかげで、中の生き物たちがどうなったかは見えない。


 しかし、殺虫剤とは……リンは少し呆れた。ハンナやアーニーたち魔法族は首を傾げている。マグル出身のジャスティンは「殺虫剤で爬虫類まで始末できると思ってるのか」と蔑んでいた。



「よーし、ザカリアス!」



 ベティの対応に困惑しつつも、ルーピンが交替の合図を出した。ザカリアス・スミスが、ブロンドの髪をキラキラさせて、ベティの前に踊り出る。ベティは一瞬ザカリアスを蹴飛ばしたそうな雰囲気だったが、ルーピンの手前、無言で睨みつけるだけに留めた。


 パチン! おもちゃ箱があったところに、虚ろな目をした死体が立っていた ――― ゾンビ、いや「亡者」だ。腐敗した手をザカリアスに向かって伸ばす。



「リディクラス!」



 ザカリアスが叫ぶと、「亡者」が優雅にバレエを踊り始めた。リンが笑う。


 パチン! 「亡者」が巨大なヘビになり、周囲を威嚇し始めた。と思ったら、パチン!  今度は血走った目玉が二つ、宙に浮かんでいる。それから、パチン! 「血みどろ男爵」が現れる。



「ははっ、混乱してきたぞ!」



 ルーピンが叫んだ。リンは、隣で微動だにせず突っ立っているハンナが気になった。だいぶ表情が硬いが、大丈夫だろうか……。



「さあ、もうすぐだ! ハンナ!」



 ヒッと悲鳴を上げ、ハンナが真っ青な顔で、慌てて前に転がり出た。できれば呼ばれたくないと思っていたことは、誰の目にも明らかだ。ルーピンが、少し心配そうな顔になった。


 ……パチン! 「血みどろ男爵」が、血だらけの女の上半身になった。顔にベットリくっついた髪の間から、ギョロリと飛び出した目が、ハンナを見据え、腕だけでズルズル這いずってくる。ハンナが震え上がった。


 これは「テケテケ」だったか「パタパタ」だったか……まぁどちらでもいいかと、リンは思った。日本の怪談や都市伝説に多い。言わずもがな、リンが話してやったものだ。アーニーといい、聞かせただけなのに、なぜここまで恐怖心を抱くのか。リンには理解できない。


 幸いというべきか、彼らの想像力の限界(もしくは無意識の規制)により、実物よりは迫力が欠けている。たとえば、ハンナが怖がっている「テケテケ」は、身体の断面から見える中身は真っ暗だ。実物は、内臓が引きずり出ているだの、這いまわるせいで肉が削げ落ちているだの、かなり凄惨らしい。


 リンは、つい想像しかけた思考回路を、強制的に停止させた。ハンナに意識を向け直すと、真っ青な顔で、震える手に杖を持っている。いまにも杖がこぼれ落ちそうだ。



「リ……リディ、リディクラスッ」



 なにも起こらない。「テケテケ」はニタニタ笑って、どんどんハンナに近づいていく。リンが一歩前に出た。スーザンたちも身を乗り出す。



→ (4)


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