吸魂鬼 (4)



 バンバン叩く音が弱くなったのに気づいて、リンはハッとした。灯りを飛ばし、目を細めて“それ”の向こうを見る ――― 襲われかけているのは、ドラコ・マルフォイとセオドール・ノットだった。

 蒼白な顔、いまにも卒倒しそうな様子で、助けを求めて近くのコンパートメントのドアを叩いている。嫌われているから開けてもらえないのか、中の人も必死で開けたくないのか ――― きっと後者だ。

 急いで数歩前に出て、リンは杖を構えた。



「エ……クスペクト、パトローナム……っ!」



 杖先を“それ”に向けて呪文を唱えたが、出てきたのは霞だけだった。何度か試すが、有体の守護霊は一向に現れない。リンが焦燥に駆られていると、“それ”が不意に振り返った。どうやらリンに気づいたらしく、マルフォイとノットから標的を変えたのか、リンへと手を伸ばしてくる。


 息を呑んだリンは、後ろに退がろうとして、誤ってローブを踏んでしまい、通路に尻餅をついた。その弾みで、スイがリンの肩から転がり落ち、彼女から離れたところまで転がっていった。慌てて駆け寄ってこようとするスイに「そこにいろ」と怒鳴り、リンは身体に渾身の力を込め、立ち上がろうとした。


 しかし、リンが体勢を立て直す前に、“それ”は一気に距離を詰め、リンの頭上に覆い被さってきた……そして、リンの中で、恐ろしい感覚が蘇った。



 網膜を焼き尽くすかのような白い閃光。

 耳をつんざく激しい雷鳴。

 焦げた匂いと血の香り……。



「 ――――――― っ!!」



 声にならない悲鳴が口から漏れる。リンの目が恐怖に見開かれ、そして、その目が不意に金色に輝いた。


 ぶわり、空気がうねった。通路に満ちていた冷気が、一気に集結して“それ”に突き刺さる。金属を削るような音が通路に響き、“それ”はザーッと後退して、暗闇の中へと退却していった……。



 リンが呆然としていると、列車の中に明かりと暖かさが戻り、ゆっくりと汽車が動き出した。相変わらず列車内はシンと静まり返っていたが、それでもだいぶ気分は回復してくる。


 マルフォイとノット、スイが、長く息を吐き出して身体の力を抜いた。同じように安堵の息を吐き出し、リンは身体に力を入れて、静かに立ち上がる。



「………リン? 終わったの? 無事……?」



 恐々とした声が、コンパートメントの方から聞こえた。ベティとジャスティンを筆頭に、みんながドアから顔を覗かせていた。リンは気力を振り絞って口角を上げてみせた。



「なんとかね……それより誰か、チョコレート持ってない? できれば三つ」


「あります!」



 真っ先に返事をしたのはジャスティンだった。ほかのメンバーの間をすり抜けて自分の座席の方へ引っ込んだかと思うと、すぐに再び顔を出した。



「蛙チョコレートでよろしければ……」


「十分だよ。ありがとう、ジャスティン」



 まだチョコがあるのなら全員で食べるよう言って、リンは振り返り、まずスイを回収した。埃などを払ってやってから、彼女を腕に抱え、チョコレートを与える。それからマルフォイとノットを振り返った。


 彼らの気力は、なんとか回復したらしい。マルフォイはまだ座り込んでいるが「なんで僕がこんな目に……」などと、ひどく弱々しいものの悪態をついているし、ノットの方は、壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がっているところだった。


 リンは彼らに歩み寄り、蛙チョコレートを差し出した。



→ (5)


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